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2010年8月

2010年8月31日 (火)

もっとも鳥の少ない季節

 六義園で毎月2回、センサス調査を行っています。一定のコースを1時間ほどかけて歩き、出会った鳥の種類と数を記録するものです。今日がその日でした。ご近所の鳥仲間のK久保さんが、蚊と戦いながら同行してくれました。
 この季節、もっとも鳥の少ない時です。鳥との出会いは、わずか22ポイントしかありませんでした。多い時には80ポイントを越えることもありますから、最盛期の4分の1です。種類数も8種類にすぎません。数的には、ハシブトガラスやスズメの群れがいたので、74羽となりました。六義園として変わったところでは、カイツブリの幼鳥がいたことくらいです。きっと、親離れをして新天地を求めて、やってきたのでしょう。
 この”いない”という記録がとても気になります。野鳥の調査は、珍しい鳥を見つけたり、たくさん鳥を見つけることではないのです。身近な鳥たちの不思議に巡り会うことが、とても楽しいのです。今まで調査をして来て出会った謎のひとつが、なぜこのシーズンは鳥がいないのか、いなくなった鳥はどこへ行っているのかです。
 たとえば、シジュウカラを例にとれば、冬は20~30羽が記録されています。ところが、今日は3羽にすぎないのです。木が茂りセミがうるさいとはいえ、この私の目を逃れているとは思えません。
 実は日光に通うまで平地でいなくなった鳥たちは山にいるものだと思っていました。しかし、このシーズンは日光でもとても鳥が少ないのです。近郊の高尾山でも同じです。
 昔、8月は鳥の換羽の季節、そのため動きが鈍いので見つからないという説を聞いたことがありますが、毎日食べ物を捕らなくては生きては行けない小鳥がそんなにじっとしているものでしょうか。
 今のところ解答は持ち合わせていません。しかし、シジュウカラで言えば、このシーズン思わぬところで出会います。たとえば、アシ原にいたりします。ですから、今日突然出現したカイツブリのように、放浪しているのかなと推測しています。
 いったい、いなくなった小鳥たちは、どこでこの暑い夏を過ごしているのでしょう。

2010年8月30日 (月)

ハードディスクの整理

 ここ数日は、コンピュータのハードディスクの整理をしていました。
  鳥の声の編集をしていると、やけに時間がかかると思ったらハードディスクのひとつが満杯となっていました。どうやら、作業領域を確保できなくて動きが鈍くなっていたようです。
 このところ、PCM-D50の電池の持ちが良いので1晩録音したり、YAMAHAのW24やC24でタイマー録音できるので長時間録音が多くなりました。1日で2Gのデータはざら、多いと10Gを越える容量のデータを収集しています。ハードディスクが、満杯になるのも無理はありません。
 以前のようなDATであれば、オリジナルのテープが残っていますからハードディスクが壊れてもなんとかなります。しかし、メモリー録音機の録音では、音のデータはハードディスクに取り込んだら消去してしまいます。ですから、ハードディスクが壊れたらどうしようもありません。この危険を回避するために、バックアップを取っています。それも3重のバックアップです。3重目は、外付けにして普段は接続せず少しでもウィルス感染から防いでいます。ですからハードディスクは、データ量の3倍の容量が必要になります。
 今回の改善では、今まで使っていた80G、100Gなどの今となっては小容量のハードディスクを集め、タワー型外付けハードディスクケースに入れて使用しようと考えました。しかし、調べてみるとなんと2Tのハードディスクが8,000円代にまで価格が下がっていました。1台で整理をしたほうが簡単ですし、安いのです。購入したのはウェスタンデジタルのWD20EARS、ツクモで8,780円でした。それにしても2Tが8,000円代とは、驚きです。
 ということで、バックアップをし直したりして、延々76時間の作業を行いました。
 そして、現在のハードディスクの合計は7Tを越えました。およそ、この半分が実際データで埋まっています。この体制で、あと何年持つのかな。

2010年8月28日 (土)

今年もアオマツムシが鳴き始めた

 シーブリーズのシャワーを浴びたいほど、暑い日が続いています。でも、身の回りを探してみると、秋の気配を見つけることができる今日この頃です。
 たとえば、ここ数日アオマツムシの声がにぎやかになってきました。こんな声です。

 今年のアオマツムシの鳴き声の初認は8月14日でした。過去の記録では、早くて8月12日、遅いと9月3日。だいたい8月20日前後に鳴き始めますから、今年は、早いことになります。暑い暑いと言っても、確実に季節は移っています。
 また、六義園のアオマツムシの声は、年によってにぎやかさが異なります。今のマンションに引っ越し来た10年前は、アオマツムシの声のすごさに驚きました。テレビの音は聞こえずらし、会話もままならないほど、にぎやかでした。これが毎年あるのかと思うと、六義園側に引っ越して来たのが悔やまれました。しかし、凄かったのは、その年だけでそれ以降はまあまあでした。まあまあと言っても、アオマツムシの声はうるさいことはうるさいですね。
 それでは、なぜアオマツムシの声はうるさく聞こえるでしょうか。音の高さ、周波数を見るとよくわかります。アオマツムシの声は、だいたい5000~6000Hzの幅で鳴いています。それに対し、やさしく鳴くカンタンは2200~2600Hz、アオマツムシのおよそ半分の高さしかありません。ですから、このように聞こえます。

 アオマツムシの声は、音が高い上に音の幅が広く、そのため甲高く聞こえ、不快感を伴うのではないでしょうか。

2010年8月26日 (木)

田中徳太郎を探せ

 私が初めて日本野鳥の会の探鳥会に参加したのは高校生の時、今は無き「野田の鷺山探鳥会」でした。鷺山というので山だと思って軽登山靴に登山用の厚い靴下を履いて行ったら田んぼの真ん中の農家と雑木林で、とても恥ずかった思いをしました。そして、万単位のシラサギの騒音と臭いを今でも覚えています。
 野田の鷺山に行ってみたいと思ったのは、田中徳太郎さんの写真集「白サギ」(1961年 東京中日新聞)を持っていたからです。シラサギの美しさをモノクロ写真であますところなく捉えた写真集には目を奪われました。
 当時はただきれいな写真というだけでしたが、今改めて田中徳太郎のシラサギの写真を見ると、野鳥写真を生態写真から芸術写真に高めた偉業は大きなものがあります。その後、田中徳太郎の写真を越える芸術性のある野鳥の写真を撮っているカメラマンが日本にいるでしょうか。
 その鷺山に行くと金属製の展望台(ヤグラかな)があり、その上でカメラを構えている人がいて「あの人が田中徳太郎さんだよ」と、幹事の方が教えてくれました。まだ、双眼鏡も持っていないときでしたので顔を見ることもなく出会いもありませんでした。今思えば、せっかくの機会、おしいことをいたしました。
 数年前、バードフォトアーカイブの塚本洋三さんから「田中徳太郎さんの遺族を捜しているので、情報があったら教えて」と頼まれました。どうも私が熊谷三郎の遺族を捜し当てた実績とインターネットで検索をするのが得意だと勘違いされているようです。でも人捜しは私立探偵みたいで嫌いではありませんが。
 田中さん探しは、ひとつに蒲谷鶴彦先生ご夫妻が鷺山をたずねたときの写真がどうも田中さんが撮影したようなのです。その使用の承諾を得たいとこともあります。そして、田中さんは何冊も写真を出されているのですから膨大な写真があるはずです。モノクロ写真を収集されている塚本さんから見れば、失ってはいけない日本の財産、大コレクションですから、ぜひとも遺族と連絡を取りたい気持ちはわかります。私も気合いを入れて捜索をはじめたのです。 
 さっそく”田中徳太郎”で検索すると、その後も何冊も写真集を出しているので、その本の情報はたくさん出てきます。また、鷺山の跡にはシラサギ記念自然史博物館」があって、以前行った時はたまたま休館日、そして今回調べたら閉館になっていました。
 唯一、遺族らしい情報は、地元のWebサイトでサッカーの話題があり、そのなかで「そのとき少年団の監督さんだったのが田中さんという方で。」「今のクイーンズ伊勢丹のところの写真館の田中さんでしょ?」「お父さんが田中徳太郎さんという白鷺の写真を撮るとても有名な方でね。私は白鷺というといつもあの写真館を思い出しますもの。」どうも、息子さんはサッカーの監督をされていたようで、それも浦和駅前で写真屋さんを開業していたようです。しかし、秋ヶ瀬公園に行く時に寄った浦和駅前の伊勢丹のなかには、もう写真館はありませんでした。
 その後、動物写真家の内山晟さんとお会いしたときに「田中徳太郎さんは師匠。お世話になりました」との情報、それでは連絡先を教えてとお願いいたしましたが、今では年賀状のやりとりもなく、ここでの情報は切れてしまいました。
 塚本さんは、それでも諦めることなく「シラサギ記念自然史博物館」を管理していた浦和高校を訪ねたり、浦和の街を探されたようです。
 先日、久しぶりに田中徳太郎の名前を検索してみると、なんと作品展が開かれていたことがわかりました。
   http://www.jcii-cameramuseum.jp/photosalon/photo-exhibition/2008/20080429.html
 すでに終わっていますが、Webサイトの掲載されているシラサギの写真には○C伊東きく代の名前、私は田中姓でないので遺族とは思わず、写真を管理しているプロダクションの代表者程度に思ってしまいました。この情報を塚本さんに伝えると、すぐにフォトサロンに電話、なんと伊東さんは妹さんで、写真はすべて保存されていることがわかりました。
 長くなりましたが、昨夜の峯岸さんのお通夜でお会いした塚本さんからの報告です。また、詳しいことは塚本さんのWebサイトの”Day by Day”に報告されています。「浦和学院高校に田中徳太郎のサギの写真が実在している!」と「田中徳太郎の原板は健在!!」をお読みください。
  http://www.bird-photo.co.jp/index.htm
  塚本さんの次の指令は「堀内讃位の遺族を探せ」。

2010年8月25日 (水)

あついカラス

 「暑い!」と言うとよけい暑くなるのはわかっていますが、つい言ってしまいます。コンピュータのHDDが50度を超えたという警告メッセージが出て、警告音が鳴りました。ついにコンピュータも「暑い!」と悲鳴を上げました。今まで、このコンピュータを5年使用していますが、初めてのことです。
 さて、当初心配したほど、ハシブトガラスの若鳥の数は少なくなさそうです。カラス仲間のHさんからは染井方面では例年どおりとの報告をもらいました。
 現在、周辺で孵った若鳥が六義園に集まってきています。園内には常時、数10羽の若者の群れがたむろするようになりました。森の中にはセミなどの昆虫がたくさんいますし、そろそろ木の実も実っています。食べ物を得る方法を学習するのには、かっこうのフィールドになっています。いわば六義園はカラスの学校です。
 これらの若者の群れを見ていると、寄り添うように行動しているペアがいることがわかります。今年生まれの若鳥にも関わらず、すでに番となっているように見えます。巣立ってまだ2ヶ月たらずなのに番形成できるのも、カラスの学校のおかげなのでしょうか。
 写真は、1羽が加えた枯れ葉をもう1羽が啄もうとしているようすです。口の中が赤いことから、今年生まれの若鳥であることがわかります。求愛給餌のまねごとなのでしょうか。おあついムードのカラスのカップルです。

Largebilledcrowpear_1  

  今夜はカラス仲間の峯岸典雄さんのお通夜でした。享年81才、ご冥福をお祈りいたします。この記事を峯岸さんに捧げます。

2010年8月24日 (火)

トムラウシ山遭難事故調査報告書

 トムラウシ山の遭難事故から1年以上経ちました。自然に関わる者として、この事故にはたいへん関心がありました。また、知っている旅行会社が行ったツアーの事故であるということも気になりました。そのため、この事故についてデジスコドットコムのメールマガジンに長文ながら投稿しておりますので、ご高覧いただければ幸いです。
  http://www.digisco.com/mm/dt_43/toku1.htm
 事故より1年たったということで、日本山岳ガイド協会のトムラウシ山遭難事故調査委員会が『トムラウシ山遭難事故調査報告書』を発表しています。Webサイト上にアップされていますので、下記URLで読むことができます。
  http://www.jfmga.com/pdf/tomuraushiyamareport.pdf
 この報告書は91ページにも及ぶものですが、「遭難事故パーティ行動概要」は緊迫感に満ちた内容になっています。事故当時の関係者一人一人の行動が詳細に記録されています。不謹慎かもしれませんが、これに登場人物の人となりを色づけすれば、そのまま上質のドキュメントになるのではないかと思うほどの読み物になっています。
 また、今回の事故の大きな原因になった低体温症については、医学的な情報ばかりではなく、実際の現場での症状と対処の仕方なども詳しく書かれています。
 また、ガイドのミス、そもそも登山をツアーして行うことの問題にも言及されています。私自身、人を集めて自然のなかに入る機会が多いだけに、大いに参考になりました。
 そして、自然は”癒し”を得る場ではないことを認識させられる報告書でもあります。

2010年8月23日 (月)

コムクドリの夢

 去年の今頃は、六義園ではコムクドリの群れが出現していました。
 過去にも記録はありましたが、もっと遅く10月頃に現れ、それもムクドリの群れのなかに1,2羽が入っているという程度でした。ところが、去年は多いと100羽を超える群れでの出現で、それが何日も続きました。ですから六義園の常連のバードウォッチャー皆でたっぷりと楽しむことができました。
 私の認識ではコムクドリは減った鳥の一つなのです。そのような鳥が群れで出現するとは驚きです。それも、秋の渡りのシーズンではなく、真夏にやって来るなんて夢を見ているようでした。
 私の学生時代、大学の寮が中軽井沢にあり一泊素泊まり100円で泊まれたため、夏休みになると野鳥のサークルの合宿を行いました。1年生の時の1968年の夏はコムクドリがとても多く、群れが森の上を飛び交っていました。しかし、軽井沢にゴルフ場がたくさんできると、森林性のムクドリのコムクドリは目に見えて減り、ムクドリが増えました。私が大学に在籍したわずか4年間で、軽井沢のムクドリ類は、コムクドリからムクドリに入れ替わってしまった印象があります。その後、コムクドリに会えたのは、岩手県盛岡、青森県仏沼、北海道各地で、北日本ではまだいる、そして居るところでは、かなり繁栄している印象がありました。
 また、栃木県日光では日光駅前の杉並木周辺で数羽が繁殖しています。ここ20年間、この傾向はほとんど変わりがありません。その1羽の写真です。

Chestnutcheeked_starling

 千葉県でムクドリのねぐらを調べているM輪さんの話では、ムクドリのねぐらに数千羽のコムクドリが入ることがあるそうです。北の地方で繁栄していることは、間違いないようです。六義園にやって来たのは、このような群れの一部の可能性があります。
 よく野鳥が減った、増えたという方がいますが、このコムクドリについて考えると、とても難しく軽々に言えません。軽井沢だけで鳥を見ていればコムクドリは少なくなった鳥の印象が強いでしょう。日光ならば、変化な無し。北日本では増えているかもしれません。見ればみるほど、調べれば調べるほど、野鳥が減った増えたの判断は難しいですね。
 

2010年8月22日 (日)

雨のなかのタイマー録音

 この間の日光では、霧降道路にまたタイマー録音を仕掛けました。YAMAHAのW24とC24です。2日間、午前3時30分から6時までです。
 ところが、回収してみると2日とも雨音が入っていました。朝起きると、日光市街地では霧がかかっていたものの道路は乾いていましたらから降水はありません。わずか数km離れているだけで、こうも山の天気は違うのです。
 録音を聞くと、ボタボタいう雨の音の間にかすかにウグイスが鳴いているだけです。ただ、2日目の朝に1ヶ所波形が大きく、雨音以上の音があるところがありました。そこを聞いてみるとこの声。

 

  フクロウの雌の声です。雄の声も一声入っています。雄がおっとりとした声なのに、雌のこの声はとても鳥の声とは思えません。このところ、恐竜のTV番組が大流行ですが、まるで恐竜の声のようです。この声を暗い夜の森のなかで聞いたら、かなり怖いでしょうね。

2010年8月21日 (土)

アンチ・ヤマビルスプレーの効果

 お待たせいたしました。アンチ・ヤマビル除けスプレーの使用報告です。
 以前、アンチ・ヤマビルスプレーを購入の記事を書いたところ、けっこう反響がありました。ブログのアクセス解析で拙ブログにやって来た検索ワードがわかりますが、過去4ヶ月分のデータでは、なんと「ヤマビル」は4位。野鳥、録音機、奥庭、そしてヤマビルなのです。野鳥の名前、録音機種名、六義園を差し置いての堂々の4位です。それだけ、関心が高いことがわかりますし、被害も多いことなのでしょう。
 というわけで久しぶりの日光にて、この前購入にしたアンチ・ヤマビルスプレー「ヒル下がりのジョニー」を使用してみました。
 スプレーには、ロックが付いているのでスプレーするときは解除します。始めは、これがわからず戸惑いました。スプレーすると、無臭無色の泡状の薬剤が出てきます。かなりの量がでます。ズボンにかけるとかなり濡れた感じになります。そのため、靴を中心にかけました。また、2回目はスパッツにかけました。
 ヤマビルがいなくては実験ができないという心配は、まったくありませんでした。以前、ヤマビルに喰われた雑木林を歩くと、すぐにやってきました。身体全体を触手のようにゆらしながら寄ってきます。スプレーのかかったところに触手が触れると、そこにはもう触れません。効果有りです。
 次に、スプレーのかかったスバッツの上にヤマビルを乗せてみました。さかんに周囲を探っていましたが、つぎの一歩を踏み出すことはできません。そして、しばらくすると身体を丸く縮めてしまいました。それがこの写真。どこにも行けなくて困っているヤマビルです。

Yamabiru2

 身体からナメクジの粘液のようなものを出して、身体が一回り小さくなってしまいました。このまま立つと、ポロッと地面に落ちました。もう、身体を支える力が無くなっていました。ただし地面に落ちてしばらくすると、元のように身体を伸ばして動き始めました。最初の頃より、動きは鈍いものの死ぬまでは至らないようです。
 効果の持続時間は不明ですが、長時間のフィールド作業では1時間単位で効果をチェックしたほうが良いでしょう。また、雨上がりだったので草がとても濡れていました。長靴のような材質にスプレーすると草に触れることで薬剤が取れてしまう可能性があります。スパッツのような防水性の布地にかけるのが、取れにくく効果が持続しそうです。
 これからは、少しは安心して枯れ葉の上を歩けます。

2010年8月16日 (月)

六義園でセンダイムシクイ

 今日は、月2回行っている六義園のセンサスの日。暑い上に蚊の猛攻と戦いながらの調査となりました。ご近所の鳥仲間のK藤さんとK久保さんが、同行してくれました。
 8月の中旬から9月の初旬にかけては、六義園でもっとも野鳥の少ない時期です。いつもならばスタート地点の事務所の前から野鳥が出現してくれますが、今日は最初の10分間ほど、まったく鳥が出てきません。セミの大合唱で鳥の声が聞こえないこともありますが、それにしても鳥がいません。皆、涼しいところへ行ってしまったのでしょうか。
 しかし、シジュウカラの群れに遭遇すると、そのなかにセンダイムシクイが入っていました。シジュウカラはほとんど幼鳥で、その中に一段とスマートなセンダイムシクイは目立ちました。まだ木の葉が茂っているので、じっくりと姿を見るのは難しく、あっという間に森のなかに消えていきました。それにしても鳥が少ないのは涼しいところへ行ってしまったからと思っていたのに、わざわざ山から下りてきて暑い東京に来ていたのです。
 これは珍しいことではなく、例年セミ時雨の中、メボソムシクイやセンダイムシクイ、あるいはマミジロなどと出会うのが今頃です。実は、もう夏鳥たちの渡りのシーズンが始まっているのです。
 暑くて鳥がいないからと言って、ホームグラウンドのチェックの手を抜くと思わぬ出会いを見逃してしまいます。

2010年8月15日 (日)

六義園でスズミグモ発見

 昨日、六義園サービスセンターのセンター長N山さんから「変なクモがいるけど」との情報。案内してもらうと、今まで見たことのないクモが網を張っていました。カメラを持っていたかなったので今日、改めて写真に撮りました。こんなクモです。

Suzumigumo_2
 大きさは、ジョウロウグモと同じくらい。大型です。網は複雑な構造をしていて、ジグザクな模様が輪を描いています。大きいので雌だと思いますが、近くにある白い塊は卵嚢でしょう。
 今日、検索をして調べてみたらどうもスズミグモのようです。はじめて聞く名前です。専門外なので間違っているかもしれませんので確定ではありません。クモ関連のWebサイトにアップされている写真を見ると模様の個体差が激しく確定できないのです。個体差があることが、このクモの特徴のようで素人に泣かせのクモですね。
 スズミグモは、名前とは裏腹に温暖化の影響を受けて分布が北上しているクモとして話題になってしました。なんでも、1970年代半ばは静岡県中部、80年代は神奈川県、90年代は東京都、90年代後半は埼玉県でも発見されるようになったとのこと。今まで六義園で見つけていなかったのが不思議なくらい、たぶん気が付かなかったのでしょう。N山センター長のおかげでの発見です。
 六義園では、やはり地球温暖化のために分布を拡げたと言われているチョウ、ツマグロヒョウモンはもはや普通に見られるようになりました。今日、スズミグモが他にも六義園園内にいないか探してみましたが、見つけられませんでした。しかし、卵嚢があって繁殖しているところを見ると安定して生息している可能性が高いですね。
 クモの名前など知らなければ気が付きませんが生き物を知っていると、より実感するのがこの地球温暖化です。

2010年8月14日 (土)

セミ時雨と江戸太神楽

 この頃の六義園は、セミの大合唱です。おもにアブラゼミですが、ミンミンゼミにツクツクボウシが加わります。今日は、クマゼミが2ヶ所で鳴いていました。
 六義園では、夏休みのイベントがいろいろ行われています。今日は、丸一仙翁社中による「江戸太神楽」が行われました。テンポが良く歯切れの良い江戸神楽のリズムは、聞いていて元気になります。そのバックでは、真夏の暑さを実感させるセミ時雨が流れています。ちょっと録音してみました。太鼓の音が大きいので録音ボリュームを下げたらセミの声が小さくなってしまいました。録音機は、PCM-D50です。

  真夏の暑い公園の雰囲気を音で捉えようとしたのですが、うまく捉えられませんでした。そこで、囃子を録音する前に録ったセミ時雨をミックスしてみました。セミの声が強すぎると、今度はお囃子が負けてしまいそうになります。家のスピーカーでちょうど良いバランスではあるのですが、いかがでしょうか。

明日も、あります。詳しくは下記URLへ。
  http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/info031.html

2010年8月13日 (金)

都心のサル騒動に思う

 今日、東京都心にいたニホンザルが捕獲されました。
 麻酔銃で撃たれ檻に入れられ上野動物園に護送されていく様子が、ニュースで報道されていました。まるで、殺人犯が逮捕されTVカメラが立ち並ぶなか移送されていくようで、まさに江戸時代の科人を市中引き回していくように見えました。
 このサル、どう考えても私の住んでいるところから100mも離れてないところを移動していったようで、その動きには注目をしていました。さらに、このサル騒動から現代人の野生動物への感情、動物観の違和感を抱きました。
 まず、なぜこんなに大騒ぎをするのでしょう。お盆でニュースがあまりない日ではありますが、それにしてもNHKテレビの地方版ニュースではトップ。ちょうど捕獲されたのは夕方のニュースの時間で、私が見ていたTBSテレビでは生中継をするほどの力の入れようです。
 私がよく行く日光では、サルの存在は当たり前です。先日の日光では、雨が降ってきたために録音機を回収しに早朝の霧降道路を走れば、数10頭のサルの群れが道を占領していました。クラクションを鳴らさないとどいてくれませんでした。東京ではサルといると110番しますが、日光でそんなことをしたら日光警察署は仕事になりまませんし顰蹙を買います。
 つぎに、アゴヒゲアザラシが多摩川や荒川に現れたときは、まるでアイドルのような扱いでしたが、なぜサルの場合はそうならないでしょう。同じように若年個体が新天地を求めて、迷ってきたのだと思いますが、この扱いの違いはなんでしょう。
 アザラシは襲いそうもないけど、サルは攻撃して来そうということがあると思います。しかし、食べ物を持っていれば取られることはありますが、こちらが仕掛けない限り襲ってくることはなく、どちらかというと逃げていくのが普通です。映像を見る限り、サルはたえず逃げていましたね。サルは人を襲うという思い込みは、カラスは人を襲うことがあるから駆除をしろというのと同じ論理の流れなのでしょう。結局、サルも捕獲されてしまいました。
 ニュースを精査すると、報道の初期はサルの映像が撮れなかったため、NPOが撮影した歯をむき出した写真が公開されていました。これが、このサルが凶暴というイメージを固定してしまいました。もし、アザラシのように寝転がっている可愛い写真であったら、だいぶ扱いが変わったのではないでしょうか。ようするに自然の中での重要性ではなく、可愛いか可愛くないかという人の好みで動物を選別してしまっていることになります。
 サルは、野生動物です。野生動物には野生動物の生活があるわけで、その生活に関わる必要はないと思います。放っておけば良いと思います。群れと遭遇できず死んでしまうのならば、それが自然。そのような個体は、遺伝子を残すことができず絶えることでサルの良質な遺伝子が残っていけるわけです。その自然の摂理に人が影響を与えるのはある意味、自然破壊です。エコだとか、地球に優しいとか言っているCMとニュースの内容が矛盾していると思いますが、いかがでしょう。

2010年8月12日 (木)

クマゼミが鳴いた

 今日、家のベランダの前の六義園でクマゼミが鳴いていました。今日は台風の影響で風が強くて録音はできませんでした。以前、代々木公園で録音した音を上げておきます。こんな声です。

 関東地方から北の人には聞き慣れないセミですが、西日本ではうるさいくらい鳴いているおなじみのセミです。20代の頃、九州の干潟の調査で熊本に行った時は早朝からクマゼミの声に起こされ、これは騒音公害だと思った思い出があります。本来は、東京にはいないセミなのですが、近年あちこちで聞くようになったセミです。
 「子ども電話科学相談」でおなじみの矢島稔先生によると、ある人が新幹線で出張のたびにクマゼミを東京に運んで放したそうです。なんでも、関西の人で東京の夏にクマゼミの声がしないのは寂しいということで運んだとのこと。さらに、先生の説では代々木公園の造成をしたのは四国の造園業者で、その業者は西日本から大量の樹木を運び込み植栽したため、その土のなかにいたクマゼミが増えたことも原因ではないかとおっしゃっておりました。いずれにしても人為的な影響により分布を拡大したことになります。
 私が東京でクマゼミの声を初めて聞いたのは25年くらい前、渋谷の宮下公園でした。かなり人工的な公園なのに不思議に思っていましたが、代々木公園とは目と鼻の先、セミが簡単に飛んでこられる距離です。今年もNHKに行く時に代々木公園を通っていきますが、クマゼミはさかんに鳴いていました。渋谷から代々木が震源地のようです。
 しかしながら六義園で、クマゼミの声を聞いたのは10年ほど前から。それも一夏に1回か2回という少ない記録しかありません。おそらく数個体が代を重ねているにすぎないと思うのですが、よく絶えないものです。

2010年8月11日 (水)

霧降高原のリフト

 蒲谷鶴彦先生の音源をデジタル化するのをお手伝いしたことがあります。数千本あるオープンテープをCD-Rに焼く作業です。そのため、先生の音源のほとんどを聞くことができました。
 おどろいたのは、人工音がほとんどないのです。今私が記憶しているのは、多摩川で録音していたら対岸で火事があり消防自動車がやって来たというサイレンの音と、リフトの音の2つです。リフトは1960年代のものだったと思います。どこの山のものか記憶しておりませんが、はじめてリフトというものができたので、録音をしたとおっしゃっておりました。そのため先生は、リフトの音を起点と終点、途中とあらゆる角度から録音されていました。それだけ当時としては、リフトがたいへん珍しいものであったことになります。
  先週末は、日光に行っていました。野鳥のさえずりのシーズンは終わり、おかげでゆっくり夏休み気分でおりました。
 ところで、霧降高原のリフトが8月いっぱいで営業を終了いたします。そのため、今月は、無料とのこと。いつもならば、全部乗れば2,000円もかかるリフトがタダなのですから、これはお得です。どんなに混んでいるかと思っていきましたが、待ち時間はまったくありませんでした。おかげで、小丸山まで行き、流れる雲と風に乗り鳴き合うノスリの家族を見ることができました。
 この霧降高原のリフトは、昭和40(1965)年に開通、ですから45年で幕を閉じることになったわけです。おそらくこの頃に、各地にリフトが設置されたのでしょう。先生がリフトの音を録音された時期と一致します。
 霧降高原のリフトの音は、あと半月もすればもう聞くことはできません。リフトに乗りながら録音機を作動させました。PCM-D1での録音です。霧降高原らしく遠くでホトトギスが鳴いている風景音となりました。

 蒲谷先生が録音された当時のように、またリフトの音が珍しくなってしまうのでしょうか。 

2010年8月 5日 (木)

『夏休み子ども科学電話相談』最終日

 今日はNHK『夏休み子ども科学電話相談』。私としては今シーズン最後の出演日となります(番組は甲子園を高校野球の間はお休み、23日から再開、27日までです)。国会中継が午前9時から始まるため、8時から1時間のイレギュラーな時間割でした。

Nhkdenwasoudan

 写真は、スタジオの風景です。このスタジオで全国からの質問に答え、先生方が冷や汗をかいているのです。左から動物の元旭川市旭山動物園園長・小菅正夫さん、植物の甲南大学教授・田中修さん、アナウンサーの坪郷佳英子さん、私、いのちのJT生命誌研究館館長・中村桂子さんです。中村さんは今日、初めての出演で緊張されていましたが、あっと言う間に終わってしまった番組に物足りなそうでもありました。
 番組終了後、話題になったのは小菅さんの市長立候補の報道、私も昨日Niftyニュースのトップになっているのにびっくりしたところです。小菅さんの弁では「まったくそんな意志はなく報道されて驚いている」とのこと。もし、本当に立候補の意志があれば番組には出ることができないはず。どうも、ガセのようです。
 拙ブログは数日、夏休みといたします。ご了承ください。

2010年8月 4日 (水)

9月の『朝の小鳥』はシギの渡り

 今日は、文化放送で『朝の小鳥』9月分の収録でした。スタジオに入る前に、トイレで大竹まことさんに会いました。
 ところで9月と言えば、シギやチドリの秋の渡りの季節、旅鳥のシギがテーマです。今回は、谷津干潟のキアシシギ、セイタカシギ、ソリハシシギに葛西臨海公園のアオアシシギが登場します。
 森林の小鳥と違い開けた所にいて警戒心が強いために近づいて録音することができない鳥たちです。その上、騒音の多い環境にいるシギたちの声ですから、音的にはたいへん苦労をします。できたら、干潟の広々とした感じを音として表現できたら最高なのですが、とても難しいです。
 良い感じで鳥たちが鳴いていると思って録音してみると、シギの声はアップに録れているものの広がりのない音になってしまいます。逆に広がりのある音は、鳥の声が遠くてポイントの定まらない音になってしまいます。うまく中間で録音できれば良いのですが、近づけば飛び去ってしまうシギたちですから、思うようにマイクや録音機を置くことができないのが悩みです。
 今年は、メモリー録音機が安くなったので複数台をうまく配置して録音するなど工夫をして挑戦したいと思っています。いずれにしても、今回の『朝の小鳥』は、今まで録音したシギの声のなかからの傑作選です。
 放送予定は、下記のとおりです。
 9 月5日 キアシシギ
    12日  セイタカシギ
    19日 ソリハシシギ
    26日 アオアシシギ

2010年8月 3日 (火)

『鳴きまねコンテスト』の優勝者

 先日のデジスコドッドコムに投稿したコラム「下宿は四畳半から」の意外な反響に驚いています。反響のおかげで30年ぶりの出会いがありました。今年はコノハズクと30年ぶりに出会いましたが、今回は人との出会いです。
 私のコラムを読んだS木さんより「仲間に伝えたい、掲示板で紹介したい」がよろしいかとのメールをいただきました。もちろん、一人でも多くの人に読んでいただくことが書き手のとしての本望です。喜んで了解いたしました。このメールのP.S.に「中学3年生のとき日本野鳥の会が主催した『鳥の鳴きまねコンテスト』で日本一になった。」一度、私に聞かせたいとのこと。
 実は、私はこのコンテストの審査員の一人だったのです。当時は、日本鳥類保護連盟の職員でしたが、日本野鳥の会のU木さんのお誘いで審査に加わりました。また、このときの審査委員長は漫画家の岩本久則さん。司会は、江戸家猫八(当時は小猫)さんがおやりになり、彼とはじめて会った記念すべきイベントでもあります。なお、このコンテストは(およそ)30年前のバードウィークに新宿の野村ビル(たぶん)で行われたもので、その後は行われていません。そのため、S木さんは最初で最後の優勝者となります。
 この春、日光市での猫八さんとのトークショーで「猫八さんと初めて会ったのは『鳴きまねコンテスト』でしたね」「そういえば、あのとき優勝した中学生は、今どうしているでしょう」と話したばかりだったのです。30年前とはいえ、猫八さんもちゃんと記憶されていたほど、中学生の鳴きまねはうまったのです。当時、日本野鳥の会にいたU木さんは今年お亡くなり、あの中学性を探すすべもないなあと諦めていたところだったのです。
 ところが、拙コラムのおかげで向こうから連絡をいただきました。当然のことながら私が審査に加わっていたことはご存知なく、まったくコラムの筆者の了解を取りたいとのことでの連絡だったのですから、思わぬ出会いです。もちろん、当時の中学生は40才を超えた立派なバードウォッチャーになっておりました。そして、ご自身のブログではバードウォッチングやバードウォッチャーに対する深い考察がされています。
 リンクに加えた「野原から」で、お読み下さい。S木さんのご指摘とおり、バードウォッチャーや野鳥カメラマンの野鳥への弊害は法律違反になりそうです。このままの状況が続けば、いずれは規制する法律、あるいは条例が制定されるかもしれないと危惧します。

2010年8月 2日 (月)

ハシブトガラスの発声練習

 このシーズンならでは、ハシブトガラスの鳴き声があります。それは、幼鳥が発声練習する声です。
 巣立った頃の幼鳥は”カラスの鳴かぬ”の記事で紹介したように甘ったれたような「ウンガー」や「ガーア」と聞こえる声で鳴きます。しかし、これでは「お腹が空いた」という意味しか仲間、それも親鳥に伝えることしかできないでしょう。
 森の中で生きるハシブトガラスとしては、いろいろな会話しなくてはならないのですから、幼鳥も成鳥のように鳴かなくては生きていけません。
 セミ時雨の六義園で1羽の幼鳥がマツの木にとまって、鳴き続けていました。始めは「ウンガー」ですが「ガラララ」「ゴロロロ」と鳴いては、ときどき「カア」と成鳥と同じ声を出しました。この間、20分あまりも鳴き続けていました。あたかも、声変わりのときに発声練習をしているかのように聞こえました。おそらくこうして、鳴き方の練習をすることで「ウンガー」から「カア」へ鳴けるようになるのだと思います。
 今まで数回、このような行動を見ていますが、幼鳥の群れの中ではこのような行動を見たことがありません。ポツンと離れた1羽が、やっています。そっと練習をして、早く成鳥の群れの仲間入りをしようとしているのでしょうか。
 音源は、その一部です。録音機はPCM-D1、低音ノイズの軽減をしています。

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