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2011年4月

2011年4月30日 (土)

貯まっていた夏鳥-六義園

 夏鳥たちは今、六義園を通過中です。
 昨朝は、窓を開けると六義園からオオルリのさえずりが聞こえてきました。
 慌てて録音したのが、下掲の音源です。PCM-D1で録音、ボリューム調整、ノイズリダクションなどの加工をしています。

 六義園の開園を待って入ると、森の中を大きな黒い影が飛んでいきました。一瞬のことでしたので、いっしょにいたカミさんとのディスカッションの結果、ミゾゴイとなりました。過去にも連休中に記録されています。
 このほか、センダイムシクイ、エゾムシクイなどの夏鳥の他、アカハラがさえずっていますので、にぎやかです。今日は、キビタキも見られましたので、さながら夏鳥ラッシュの様相です。暖かくなるのを待っていたのか、天候を待っていたのか、いずれにしても貯まっていた夏鳥たちが今、東京を渡っていきます。

2011年4月29日 (金)

街の公園でイスカ-北見市

  今回の北海道オンネトーを案内していただいたH田さんは北見市在住、また六義園の鳥仲間のK久保さんも実家が北見市。ということで、法事をかねて帰省されたK久保さんも同行してくれました。
 お二方とも北見に戻るため、オンネトーの後に北見市内でバードウォッチングをすることになりました。実は、北見市の公園にナキイスカがいると新聞やTVで報道されており、全国からバードウォッチャーが集まっているとのこと。私が出会ったカメラマンは、名古屋から来たそうです。H田さんによると、ナキイスカはイスカの数10羽の群れになかにいるのだそうです。私としてはイスカで十分、イスカの声が録れたら万々歳です。
 市内の公園というのは、ほんとうに市内の真ん中にあり、こんなところにイスカがいるのかと思うようなところ。午後と翌朝早く訪れるとイスカ、マヒワ、シメの群れにゴジュウカラやヒガラ、ハシブトガラなどがいて、とても街の中の公園とは思えない鳥相でした。
 イスカは、地面に落ちたマツカサにかじり付いていたり、マツの中でさかんに食事をしています。その間、鳴き合ってくれたので録音できました。また時折、木のてっぺんで鳴き続ける声のなかには複雑な節もあり、さえずりに近い鳴き方も聞くことができました。
 ナキイスカには会えませんでしたが、イスカは今まで1回しか遭遇したことのない鳥です。それも、30年以上前に遠くを群れでパラパラ行くのを「あれがイスカ」と教えてもらってわかった程度の出会い。それが、間近で見られ声まで録音できるなんて北見は、すごいところでした。
Redcrossbill

2011年4月28日 (木)

早春の音を求めて-北海道オンネトー

 北海道から帰ってきました。行ったのは、雌阿寒岳の麓にあるオンネトー湖周辺の森です。狙いはクマゲラでした。なぜ、今なのか。連休に入ると人で混むということもありますが、夏鳥が到来すれば鳥も混んで目的の声が埋もれてしまう可能性があったからです。そして、もっと早いと鳴き少ないだろうということでチャンスは4月下旬、20日前後から天気が続く日を狙っての訪問です。さらに、もうひとつ加えると、森にはまだ雪が数10cm、深いところでは1mも積もっています。雪があるとノイズを吸収してくれ、野外録音にはプラスになります。
 現地で案内してくれるH田さんと情報交換しつつ、スケジュールを合わせて出かけただけあって天気はまずまず、お目当てのクマゲラをゲットすることができました。
 まず、クマゲラには3回遭遇、1回そこそこの音が録れました。さらに一晩稼働せさておいたPCM-D50には遠いものの約6分、声が入っており番組的にも十分な音源を得ることができました。誤算は、夏鳥はいないもののゴジュウカラ、ハシブトガラ、ヒガラ、アカゲラ、ミソサザイなどの留鳥のさえずりが盛んでとてもにぎやかなこと。漂鳥のウグイスはまだ戻ってきていないもののアカハラとルリビタキはさえずり、早朝のコーラスはそれは素晴らしいものでした。ある意味、うれしい誤算です。もし、これに夏鳥が加わったらどんなに素晴らしいコーラスになるのかと思うと、初夏にまた訪ねてみたいと思いました。
 持って行った録音機は、PCM-D1、PCM-D50、PMD620、YAMAHAのPOCKETRAK W24の4台。PCM-D1は、いつも手元に置いて鳥が鳴いたら録音。PCM-D1は、音は良いものの電池の持ちが悪いので長時間録音には向かないからです。PMD-620は、電池の持ちは数時間あります。そのため、PCM-D1のバックアップ用と長時間まわして雰囲気を録るために手元に持っていました。PCM-D50は、長時間録音ができますので2晩場所を変え、夜の鳥と早朝のコーラス録り。POCKETRAK W24は、タイマー録音ができますので午前3時から6時までの設定でPCM-D50とは別の場所で早朝のコーラス狙いです。3泊4日の取材で約15Gのデータとなってしまいました。おかげで、まだデータの整理が終わりません。
 すでに夜の録音には、地元のH田さんも聞いたことのない謎の声が入っており、これから整理が楽しみです。いずれ、ネタとして紹介できればと思っています。
 まずは、報告まで・・・ 
  写真は、オンネトーへ向かう道。正面に雌阿寒岳が見えます。まるで、カナダのような風景が続いています。

Onneto

2011年4月23日 (土)

遙かなる奄美大島

 ちょうど4年前の今日は、鹿児島県奄美大島にいました。
 ルリカケスを見たい、オオトラツグミを聞きたいという旅でした。地元でもっとも自然に詳しいTさんにご案内していただいたおけげで、どちらもクリア。くわえて、オーストンオオアカゲラのドラミングなど、思いも寄らぬ成果もありました。なかでも、もっとも興奮したのはTさんにお願いして連れて行ってもらったナイトツアーでした。
 降っていた雨が止み、リュウキュウコノハズクが鳴くなか、林道をゆっくりと車で走るとおびただしいカエルが道の上にいます。それを、轢かないように慎重に運転をしながら、ネグラしているルリカケスやさえずるリュウキュウコノハズク、アマミヤマシギにアマミノクロウサギを見つけ出してくれるのですから驚きです。蒸し暑い奄美の夜は、とてもエキサイティングでした。
 そして、目的のオオトラツグミのさえずり。夜明け前後、わずか数10分しか鳴かないというとおりチャンスはわずかでした。

 姿は、たしかにトラツグミそっくりなのですが、さえずりはマミジロ似です。これだけさえずりが違うのですから別種とするのは当然だと思いました。
 ところで、明日からまったく逆の方角の北海道に行きます。H田さんのお招きでクマゲラ狙いです。数日、拙ブログはお休みいたします。あらかじめご了承ください。

2011年4月22日 (金)

上野駅のイカル

 昨日に引き続きイカル・ネタです。
 JR上野駅の3、4番線ホームにイカルがいるのはご存じでしょうか。山手線外回り、京浜東北線南行きのホームで、御徒町駅寄りの真ん中にいます。ホームの売店だったシャッターに描かれたイカルです。

Kiosuku

 おそらくこの絵を見て多くの人は、イカルだとわかる方は少ないでしょう。いいところブンチョウが描かれていると思っているのではないでしょうか。以前はおもな駅にある売店のシャッターなどにイカルが描かれていました。私が知る限り、この上野駅の3、4番線ホームに残るだけとなってしまいました。
 では、なぜイカルが描かれているのか。ヒントは、駅の売店の別名のキヨスクです。鉄道弘済会の売店をキヨスクと言うようになってのは1970年代でしょうか。キヨスクと言うようになって、しばらくしてイカルの絵が描かれるようになりました。
 実は、キヨスクにイカルが描かれているのが気になって鉄道弘済会に電話をかけた方がいます。日本野鳥の会東京支部(当時)の事務局にいたT橋さんです。T橋さんによると、電話に出た担当者から「イカルが『キヨスク』と鳴くため」だと教えられましたというのです。たしかに言われてみると、イカルのさえずりのなかにありそうな節です。新たな”聞きなし”だと、T橋さんと盛り上がったことがあります。
 しかし、昨日の記事に書いたようにイカルは地方によって鳴き方が違います。たとえば、栃木県日光のイカルです。

 こちらは、長野県軽井沢のイカルです。

 昨日の六義園で録音したイカルも聞いてください。
 いずれも、音色は似ていますが、節が違うことにおわかりいただけると思います。そして、いずれも「キヨスク」には、やや無理があります。ただこれだけ鳴き方が違うのですから、日本のどこかに「キヨスク」と鳴くイカルがいるのかもしれません。
 いずれにしても鉄道弘済会の会議の場で、キヨスクと鳴く鳥がいる、それはイカルという鳥、イカルの絵をシンボルにと話し合いがなされたはずです。提案した方は、バードウォッチャーだったに違いないと思います。

2011年4月21日 (木)

六義園でイカルのさえずり

 今日も東京地方は、寒かったですね。
 昨日に引き続いて六義園で夏鳥を探してみました。この寒さのなか、やはりセンダイムシクイすら会うことができません。会えたのはイカル。したたるような新緑のなか、柔らかなさえずりが聞こえました。
 PCM-D1で録音、録音ボリュームを間違えてかなり小さく録ってしまいました。そのため、ボリュームの調整、ノイズリダクションをかけています。

 六義園では、イカルはときどき冬に見られます。今年の冬は見なかったので、このイカルは移動途中に六義園に立ち寄っていったものです。
 イカルは、地方によってかなり節が違います。少なくとも、栃木県日光と長野県軽井沢では違います。イカルの聞きなしは「お菊二四(おきくにじゅうし)」などですが、日光のイカルはそうは聞こえません。軽井沢のイカルがそう鳴きます。また、去年行った兵庫県では「聖こ来い(ひじりこきい)」と鳴いていました。これは聖徳太子を斑鳩の里に導いたという曰く付きの聞きなしです。
 しかし今日、六義園で聞いたイカルのさえずりは、このどれともあてはまりません。もし、このさえずりと同じタイプで鳴く地方がわかれば、このイカルがどこへ行くのかわかるかもしれませんね。

2011年4月20日 (水)

夏鳥がまだ来ない

 六義園を歩いて鳥仲間に会うと「まだですね」が挨拶になってしまいました。”まだ”というのは、夏鳥がまだ来ないということです。いつもならば、センダイムシクイなどの夏鳥の声が聞こえて姿が見えても良い頃だからです。
 だいたい夏鳥はまず4月中旬にセンダイムシクイ、下旬にオオルリ、5月上旬にキビタキ、そして、サンコウチョウやメボソムシクイなどの夏鳥ラッシュを迎え、ツツドリなどのホトトギスの仲間が遅れて渡っていきます。この間に、アカハラが増えてさえずりが聞かれたりもします。
 都会のコンクリートジャングルの中に緑の島のようにある六義園は、日本海に浮かぶ離島のように渡り鳥が翼を休めていくのです。そのため、六義園の常連のバードウォッチャーにとって、今頃が一年中でいちばん楽しい季節となります。
 しかし今年、六義園で会った夏鳥はツバメだけ。ツバメの渡来は、ほぼ例年どおりでしたが、森林性の鳥たちの渡来は遅れているようです。少なくとも例年であれば、今日あたりセンダイムシクイとオオルリが現れても良いのです。
 ここ1週間は、月が満月に近い日が続いています。本当ならば、猛禽類をさけて夜に渡る小鳥たちにとって都合の良い条件のはずです。ですから、過去の記録を見るとこの時期に多くの夏鳥たちに会っているのだと思います。
 しかし、月の条件は良いものの、このところの寒さと天候の悪さが影響しているようです。数日前までの強い風は渡りをする小鳥にとっては渡りを躊躇させるものなのでしょう。そして、寒いですね。森林性の小鳥の多くは、昆虫食です。寒さで虫の活動が阻害されれば、旅の途中でのエネルギー補給に苦労して遅れているのではないかと想像しています。
   まさか、原発事故による放射能を察知して渡ってこないと言うことはないでしょうね。

2011年4月19日 (火)

メボソムシクイ3亜種は別種

 鳴き声に関わる者としてずうっと気になっていたのは、メボソムシクイとその亜種との関係です。「ジジロ」と鳴くのは多くの図鑑に書いてあるような亜種コメボソムシクイではなく、千島カムチャッカに分布するオオムシクイであるというのは、もう通説になったといっても良いでしょう。
 その決定打となったのはDNAから取り組んで来た山階鳥類研究所の齋藤武馬さんのご研究です。これについては、経緯を含めて拙ブログ「うれしいニュース」で記事にしています。
  このたび、この齋藤さんから新しい論文が発表されたと、またまたうれしいニュースをいただきました。スウェーデンの研究者Per Alstromと齋藤さんらの共著論文がIBISに採用されたとのことです。IBISはイギリスの学会誌で鳥の世界では、もっとも権威のある雑誌です。
 これまでの種メボソムシクイPhylloscopus borealisは、いくつかの亜種に分けられていましたが、3つの種であるという内容です。すなわち、Arctic Warbler/ P. borealis(旧亜種コメボソムシクイ)、Kamchatka Leaf Warber/P. examinandus (旧亜種オオムシクイ)、Japanese Leaf Warbler/P. xanthodryas(旧亜種メボソムシクイ)となります。これまで、亜種レベルとしていたものを種として扱うべきだという内容です。その論拠になったのはDNAと鳴き声の声紋です。実は、私が日光で録音したメボソムシクイの声紋もこの論文に掲載されています。私の名前がIBISに載るなんてなんともうれしいかぎりです。
 なお、齋藤さんからは「種和名は現在検討中ですが、従来のものにあまり変更を加えないようにと考えています。和名については、現在それをまとめた論文を執筆中です」とのこと。まだまだメボソムシクイの研究は続いているようです。
  なお、論文タイトルは下記です。
  PER ALSTROM, TAKEMA SAITOH, DAWN WILLIAMS, ISAO NISHIUMI, YOSHIMITSU SHIGETA, KEISUKE UEDA, MARTIN IRESTEDT, MATS BJORKLUND & URBA NOLSSON 2011 TheArcticWarblerPhylloscopusborealis–three ancientlyseparatedcrypticspeciesrevealed.Ibis,153,395–41
  IBISのWebサイトで要約を読むことができます。
  http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1474-919X.2011.01116.x/abstract

2011年4月17日 (日)

デジスコ通信に投稿- 野鳥が近くなって来た

 隔月発行のデジスコ通信は、3.11震災のために発行が遅れました。印刷するわけではないのですが、このような時節にメールマガジンといえども控えようというデジスコドッドコムの意向です。
 ということで、だいぶ前に起稿した「野鳥が近くなって来た」がやっとアップされました。下記URLでお読みいただければ幸いです。
   http://www.digisco.com/mm/dt_53/toku1.htm
  先日、『野鳥』誌の取材で訪れた舞岡公園でも、アオジがとても近いのに驚きました。歩いていた道端にいたのです。あまりにも近いために、私は気がつきませんでした。持っていたニコンのEDG8×32の最短距離は2.5mなのですが、近すぎてピントが合いません。少しさがってやっとピントが合うと、羽毛1枚1枚の模様が絶妙な配色で並んでいることがわかりました。こんなバードウォッチングを楽しめるようになったのは、やはり野鳥が近くなったからです。
 それでもつい追いかけてしまうのは、バードウォッチャーの性ですね。

2011年4月15日 (金)

上を向いて歩けない

 今日の午前中は、六義園でハシブトガラスの巣探しをしました。
 今日は、園内半分ほどを調べて7個。この内、1個は試作でしょう。順当に行けば、全体で10数個になるはずです。
 ところで以前、雑誌『ビーパル』の依頼で『ビックイヤー』(2004)という本の書評を書きました。399ページの厚い本でしたが、あっという間に完読。究極のバードウォッチング、熱狂的なバードウォッチャーたちが鳥を追いかける話ですからつまらないわけはありません。そのなかに、鳥を見るために上を見すぎて第7頸椎を痛めたバードウォッチャーのエピソードがありました。そのときは、世の中にはバカな奴がいるものだと思って読んでいましたが、まさか自分がなるとは思ってもみませんでした。実は、ここ数ヶ月、私の首から肩が痛い上に手の先にしびれがでるようになりました。整形外科にかかったところ頸椎症と診断されたのです。
 困るのは、上を向くと首から肩が痛いのです。酷いと手の先がしびれてしまい双眼鏡をしっかりと持つのがとても辛くなります。人の首は、水平より上を見るためにできていないのではないかと思います。また、バードウォッチングをしていると、上を見ることがなんと多いことか。鳥は空を飛び、木の上にいるのですから当たり前のことですが、首と肩に痛みが走るたびに、改めて鳥たちの領域が上にあることを思い知らされます。
 私の場合、『ビックイヤー』の登場人物のようにバードウォッチングをしすぎと言うより、61年間、重い頭を首と肩が支えてきたための頸椎症だと思います。ようするにただ年のせいだと思いますが、辛いことに変わりはありません。
 ということで、上を見上げてカラスの巣を探すのが、とてもたいへんでした。今日は、園内を半分ほど見たところでギブアップ。今年の調査データの信頼性は、頸椎症の治癒のいかんにかかっています。

2011年4月14日 (木)

本日の発見・ウラシマソウ

 今日の六義園は一年間に何回もない気持ちの良い日でした。
 シジュウカラがさかんにさえずり、渡りを前にしたツグミが忙しそうに食べ物を探し、渡り途中のシメの群れがいました。
  そんな六義園の森の陰で、今までに見たことのない植物を見つけました。

Urasimasou

 ヤブサレガサのような葉の下に、カップのような形をした花に見える部分があり、その先がムチのように長く伸びています。いっけんマムシグサに見えます。いっしょにいたK久保さんからウラシマソウと教えていただきました。あとで調べるとさほど珍しい花ではないようですが、六義園で見たのははじめてです。
  実際には、花に相当する部分は中にかくれています。そして、花のようにみえる部分から長く伸びたムチのような形が、浦島太郎が釣り糸を垂らしているようだと言うことが名前の由来だそうです。
 今頃は、カラスの巣の調査で園内をくまなく歩いているので、あれば気がついていたはずです。それとも、巣を見つけるために上ばかり見ていたために、足元の植物に気がつかなかったでしょうか。歩けばかならず何か発見のある六義園、今日の発見はウラシマソウでした。

2011年4月13日 (水)

舞岡で『野鳥』誌の取材

 本日は神奈川県横浜市戸塚にある舞岡公園で、雑誌『野鳥』誌の取材でした。現在、連載中の「野鳥の声を聴く楽しみ」の流れで、野鳥録音の手ほどきを実際にして欲しいとの企画です。今日は暖かくサクラの花が満開、萌葱色に染まった里山のなかでの取材となりました。

Maioka

 取材は、編集担当のSさんはじめ女性3名。豪華な布陣です。それに答えてくれるかのように、ウグイスがあちこちでさえずってくれました。おかげで、録音の実習には最高のロケーションとなりました。このほか、メジロやシジュウカラのさえずり、せせらぎの音などをYAMAHAのW24を使っての録音することができました。
 今日は鳥も多く、田んぼにはツグミ、ムクドリ、ハクセキレイが飛び交い、森からはキツツキのドラミングが聞こえてきました。池ではカワセミ、上空にはオオタカが飛んでくれ、野鳥たちも早春の里山を満喫するかのようでした。
 なお、本日の取材記事は6月号に掲載予定ですので、お楽しみに。 

2011年4月11日 (月)

ショーのはじまり

 先週、日光の山の中にYAMAHAのW24を仕掛けておきました。昨日、やっと時間ができたので回収に行ってきました。本当はもっと早く取りに行く予定でしたが、バタバタしているうちに8日経ってしまいました。タイマー録音は、メモリー録音機ならではの機能です。日曜日に置いて次の日曜日に取りに行けば、1週間分のデータを収集できると言っておりました。しかし、今まで最長は4日間です。本当に1週間できたのか、図らずも試すことができました。いったいどうなっているのか、録音機を回収に向かう山道では思わずに足が速まり息が切れました。
 さて、理論上は30時間持つバッテリー、24時間録音できるメモリがあるのですから、タイマー録音で毎日午前5時から3時間の設定で8日は余裕で録音されているはずです。
 岩の下に置いたW24を手にすると、ジャマーがびっしょりと濡れています。一昨日、雨予報があったのを思い出しました。おそるおそるスイッチを入れると、起動してくれます。チェックすると、メモリーはいっぱい。8つのファイルができていました。見事、8日間のタイマー録音ができていました。バッテリーの目盛りは、ひとつ減っているだけ。W2は見かけによらずタフです。
 そして、本体メモリー2G分がまだ空いていましたので昨夕、別の場所に置いておきました。今朝は、地震で目が覚めたおかげで、6時台に回収に行くことができました。この録音に入っていたのは、次の音源です。ボリューム調整、軽くノイズリダクションをかけています。

 ルリビタキのさえずりにまるで相いの手を入れるようにキツツキのドラミングが聞こえます。まだ、夏鳥たちが来る前の早春の音。いよいよ野鳥たちのショータイムのはじまりです。

2011年4月 9日 (土)

オオコノハズクの足指の毛

 たびたびオオコノハズク・ネタで恐縮です。
 亜種オオコノハズクと亜種リュウキュウオオコノハズクの違いは、足指まで毛が生えているかいないかと言われています。亜種オオコノハズクには毛があり、亜種リュウキュウオオコノハズクにはないのが区別のポイントとなっています。
 オオコノハズクの元記載は、シーボルトのファウナ・ヤポニカです。この図鑑に描かれているオオコノハズクには、足指に毛があるように見えます。

Scopsowlseelt

 足指の毛の記述は、三大図鑑にすべて共通して記載されています。剥製に接することの多かった黒田長禮、山階芳麿、清棲幸保の3巨頭の記述ですから、信頼できます。なお、亜種オオコノハズクとコノハズクと違いもこの足指の毛の有無がありおます。コノハズクには毛がありません。
 このあたりを確認しようと数ある写真図鑑を見たり画像検索をして探しても、なかなか足指までちゃんと写っている写真がありません。
 そのなかで、手元にある図鑑のうち『山渓カラー名鑑・日本の野鳥』(1985)のオオコノハズクの写真は、足指に毛が生えているのがかろじてわかります。白いビロードのような毛に覆われています。シーボルト図鑑に描かれているのとよく似ています。この写真の撮影地は北海道江別です。
 しかし、『日本の鳥550・山野の鳥』(2000)の写真は3枚あり、この内2枚は足指が写っているのですが、どう見ても毛がないのです。ですから、足指の鱗一枚一枚がわかります。また、白く見えず褐色系の色に見えます。こちらの撮影地は、長崎県対馬と新潟県福島潟となっています。いずれも、もう一つの識別ポイントである虹彩の色は赤みがありオレンジ色に見えますから、オオコノハズクであることは間違いないと思います。しかし、足指の毛があるようには見えないのです。これって知らなかったのは私だけでしょうかという不安を感じながらの記事です。
 こうなると、八丈島のオオコノハズクや三宅島のオオコノハズクの足指の毛の有無が気になります。

2011年4月 8日 (金)

スワロフスキーの新機種-EL SWAROVISION

 今日は、銀座のスワロフスキーのショールームで打ち合わせでした。
 この機会に、EL SWAROVISION シリーズの10×50と12×50を触ってきました。この2機種は、スワロフスキーがフラッグシップモデルと銘打っている機種です。おそらく、今世界でもっとも高級高価な双眼鏡でしょう。その性能も高性能なのか、ぜひ覗いてみたいと思っていました。実は、3月5日に発表会があったのですが行き損ねてしまいました。そのため、実機を手にするのは今日がはじめて。まだ、発売前の新機種に触れることができるのは、ショールームのあるスワロフスキーならではです。
 T本さんに、ショーケースから2機種を出してもらいました。手にしてみるとバランスの良さをまず感じます。どちらもほぼ1kgあるのですが、それを感じさせないのはバランスが良いからでしょう。
 覗いてみると、その明るさに驚きます。ショールーム向かいのビルの隙間を見てみます。この間の地震でよくビル同士がぶつからなかったと思うほどの狭い隙間です。肉眼で見ると今日は曇っていますから、まっくらに見えます。ところが、どちらの双眼鏡で見てもとても明るく見えるのです。地面に敷き詰められた石の一つひとつがわかるのです。いちばん奥にある配管も見えるのです。このビルの隙間のあるおかげで、双眼鏡の性能の良さがわかることになります。
 やや12×50のほうに青みを感じますが、よりシャープに見えるといえば見えます。私は、がたいがないで倍率は低めの双眼鏡を選んできました。10倍を超えると手ぶれが酷くなり見づらいからです。少なくとも、この10倍は大丈夫。高倍率を堪能できます。これがあれば、望遠鏡を持たなくても良いかもしれません。
 現在予約受付中で、今月下旬から入荷予定とか。ゴールデンウィークのバードウォッチング旅行には間に合います。
 詳しくは、下記URLで。
  http://www.swaro-optik.jp/
 写真は、ストラップの付いているほうが12×50(右)、ないほうが10×50(左)。ほとんど大きさ、重さは同じです。

Swarovision

2011年4月 7日 (木)

リュウキュウオオコノハズクは伊豆七島にいた

 オオコノハズク・ネタでお世話になったA部さんから、また面白い情報をいただきました。

 沖縄県のレッドデータのサイトのリュウキュウオオコノハズクの分布に、何と伊豆七島が入っていました。
 http://www.pref.okinawa.jp/okinawa_kankyo/shizen_hogo/rdb/sp_data/g-00944.html
 しかし、さらに調べると「沖縄県文化環境部自然保護課改訂版 レッドデータおきなわ-動物編-」
 http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/contview.jsp?cateid=70&id=9962&page=1
鳥類のページ(73-74ページ)では、伊豆七島が消えていました。
 改訂前のページに伊豆七島を入れたのには、何らかの根拠があったからだと思います。
 伊豆七島が分布に入っている図鑑類も確かにあるようです。
 ちなみに環境省の生物多様性センターのサイトには、伊豆七島は入っていませんでした。
 http://www.biodic.go.jp/rdb_fts/2000/73-048.html

 なかなか面白いところをお調べになってのご指摘です。毎度のことながら、A部さんの報告書を押さえるするどさは勉強になります。
 私も伊豆七島のリュウキュウオオコノハズクの件、気になり調べてみました。
 はじめは誤記かと思いA部さんにも「誤記ではないか」とお伝えしました。しかし、伊豆七島のリュウキュウオオコノハズクには根拠がありました。このようなときに開くのが、困った時の3大図鑑『山階図鑑』『黒田図鑑』『清棲図鑑』です。これらの図鑑の基本は亜種単位の記載ですので、リュウキュウオオコノハズクの項があります。
 古い順にまず『黒田図鑑』(1933-1934)。この図鑑のリュウキュウオオコノハズクには「伊豆七島八丈島および沖縄本島に分布する」と書かれ、沖縄より八丈島のほうが先です。次に『山階図鑑』(1934-1941)には「沖縄島のみて発見せれたものではあるが、近年は沖縄島に近き屋我地島にても1羽採集」と書かれています。さらに「なお、伊豆七島南部の八丈島に比較的稀ならず棲息するものは1923年に籾山徳太郎氏により別亜種として記載せられたが、沖縄産標本と比較するにこの差少なく、オオコノハズクの分布地内における差異より遙かに小さい。されば亜種を分かつことは困難と思われる」とありますから、籾山徳太郎が八丈島産のものを新亜種として発表しましたが、あとでリュウキュウオオコノハズクとしたことがわかります。これらの流れを受けて、戦後の『清棲図鑑』(1965)は、リュウキュウオオコノハズクの国内分布は「伊豆八丈島」、海外の分布(当時)の「沖縄本島」となっています。
 ただ、いずれも体色の記述はあるものの鳴き声についての記述はありません。
 つぎに籾山徳太郎が、亜種とした論文を見る必要があります。関連しそうなのは、論文が『鳥』と『動物学雑誌』にあるのですが、『鳥』は今、地震の後の後遺症で本の山に埋もれて見ることができません。『動物学雑誌』の閲覧はネットでの閲覧が可能ですが、有料です。
 そこで「籾山徳太郎 オオコノハズク」で検索すると山階鳥類研究所の標本のリストに行き着きました。籾山徳太郎が、八丈島のオオコノハズクを別亜種として発表したタイプ標本は山階鳥類研究所にあったのです。ありがたいことに標本とラベルの写真もアップされています。下記URLです。
http://decochan.net/index.php?q=%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%B3%E3%83%8E%E3%83%8F%E3%82%BA%E3%82%AF&p=2&o=ss
 このリストによると、八丈島で最初に採集されたのは、1922年6月13日の雄で、学名はOtus bakkamoena hatchizionis、和名はSima-oh-konohadukuとなっています。同じく雌は、1922年6月に採集されて保存されていました。これが、籾山徳太郎が新亜種として発表したタイプ標本となります。このときの和名は、シマオオコノハズクです。
 このほか、伊豆七島産のオオコノハズクの標本は35体保存されています。このうち八丈島産の本剥製があり、これにはハチジョウオオコノハズクと書かれています。また、籾山徳太郎が採集した八丈島産16体にはすべてO. b. hatchizionis、ハチジョウオオコノハズクとラベルに書かれています。そのほか亜種名まで書かれているのは、飯島魁が採集した1897年1月大島採集したものだけで、これには本州産の当時の亜種名O. b. semitorquesと記載されています。それ以外の新島、神津島、三宅島で採集されたものは、亜種名まで書かれていません。
 この籾山徳太郎がハチジョウオオコノハズクとしたものを、その後『山階図鑑』の記述のようにリュウキュウオオコノハズクとして扱い、八丈島にリュウキュウオオコノハズクが生息していることになったことがわかります。そして、八丈島が含まれる伊豆七島も生息地として記載されたことになります。これが根拠となり、A部さんが見つけられた報告書の内容に反映されていたことになります。
 このリュウキュウコノハズクの生息地して八丈島、または伊豆七島が記載されているのは、最近の外国の図鑑にも載っています。たとえば『Handbook of The Birds of The World Vol.5』(1999)には、Japanese Scops-Owl(Otus semitorques)の項で亜種のO. s. pryeiの生息地として"S Ize Is(Hachijo) and S Ryukyu Is (Okinawa to Iriomote)"と書かれています。また、もっとも新しいブラジルさんの図鑑『Birds of East Asia』(2009)にも、Collared Scops-Owl(Otus lettia/semitorques)の項にpryeiとして”Izu Is and in Nansei Shoto(Okinawa to Iriomote)”と書かれています。
 また、最近の日本の図鑑『叶内図鑑』では「伊豆七島の一部と沖縄島に分布」とあり、リュウキュウオオコノハズクの生息地して伊豆七島の記録は、今だ生きていることになります。こうなると、知らなかったのは私とA部さんだけだったのではないかという不安がつきまといます。
 今回の検証では、伊豆七島のリュウキュウオオコノハズクの記録は標本によるもので、それも戦前の捕獲記録です。それも発表当時は、別亜種として記載されました。そして、その後の伊豆七島からリュウキュウオオコノハズクの記録を見つけることはできませんでした。もし、以前の記事「オオコノハズクの課題」のように本州と伊豆七島のオオコノハズクの鳴き声が異なることが事実となれば、籾山徳太郎の記載した亜種が生き返るかもしれません。
 まずは、この八丈島産の19体が本当に沖縄のものと同じ亜種なのか、なんとか確認したいところです。DNAをちょいちょいと調べて、わかるものならば簡単なのですがいかがでしょう。

2011年4月 6日 (水)

『朝の小鳥』5月分収録-新潟県粟島

 今日は、文化放送にて5月分『朝の小鳥』のスタジオ収録でした。
 5月は、去年の連休に訪れた新潟県粟島で録音した野鳥たちです。そのときのことは、去年5月に「粟島に行ってきました」と記事にしています。
 飛島や舳倉島などと並んで粟島は、マニアックなバードウォッチャーが集まる印象があったので敬遠をしておりました。しかし、バードウォッチャーも少ない上に、島特有のなんとも言えないのんびりした感じがあり連休を過ごすのにぴったり場所でした。
 今回、放送予定のマミチャジナイとコムクドリのさえずりは、聞いたのもはじめての録音です。
  5月の放送内容は下記の通りです。
 5月1日 マミチャジナイ
     8日  コムクドリ
     15日  センダイムシクイ
     22日  トビ
     29日 アオバズク

  スタジオ収録の後に、番組出演の打ち合わせを行いました。同じく文化放送の土曜日の番組、マンガの島耕作シリーズでおなじみの弘兼憲史さんがパーソナリティを務める『ドコモ団塊倶楽部』です。司会は『朝の小鳥』の石川真紀さんですから、大船に乗ったつもりで出演できます。放送日時は、5月7日午前11時から午後1時までの2時間、生放送です。ぜひお聞きいただければと思います。
 番組のURLは下記です。
   http://www.joqr.co.jp/dankai/

  なお、下記の放送局でも聞くことができます。
 新潟放送 5月7日11~13時
 信越放送 5月8日11~13時
 山梨放送 5月8日13~15時

2011年4月 5日 (火)

家だけじゃなかった-カラスの巣作り

 家のマンションを見上げて「あそこにもある!」と、カミさんと義弟がベランダのガス室外機の上にハシブトガラスが巣材を置いているのを見つけました。言われて見ると、なんと4ヶ所に巣材がありました。
  先日の『ハシブトガラスがベランダで巣作り?』の記事の続きとなります。ですから、「それにしてもよりによって、なんで私の家のベランダ」ではなく「それにしてもよりによって、なんで私の家のマンションなのでしょう」ということになります。
 我が家のあるマンションは10階建て、2所帯が並んでいます。1階はエントランスと店舗、2階から上に18室があります。我が家もある南の列の10階、9階、7階、5階のガス室外機の上に巣材が置いてあります。いずれも巣と言うには少ない量で、いかにも試しに置いてみたという感じです。いちばん多い10階でも、ハンガーが10数本と木の枝があるという程度です。マンションの全景です。白い矢印のところに巣材が置いてあります。

Mansion
 ないところは、すでにかたづけられてしまったかもしれませんが面白い傾向があります。まず、南側で5階以上の高さに巣材を置いたということになります。5階は電線のより上の階、木の高さと同じくらいということで、ハシブトガラスが飛ぶ高さです。
 この通りには何棟もマンションは並んでいます。それなのになぜ、家のマンションなのでしょう。周辺のマンションを見ると、本郷通り側にベランダのあるマンションはあまりありません。まして、ガスの室外機のような設備があるのは我がマンションだけでした。そのために、なわばりを構えたハシブトガラスが巣材を置いてみたのでしょう。
 このマンションをはさんで六義園側では今、クスノキに巣を作っている番がいます。直線距離は、わずか20m足らず。これは、別の番のようです。マンションがあるおかげで、なわばりが隔絶され高密度での繁殖が可能となっています。
 マンションの室外機に巣材を置いたハシブトガラスの巣は、今のところ他には見つけていません。まだ、本格的な巣を作るまでに至っていないようです。もうしばらくすると、街路樹のイチョウの葉が茂ってきます。そうすれば、ぜっこうの営巣場所ができるのでこちらに作る可能性があります。
 いずれにしても、ハシブトガラスが増えたものの住宅難であることは間違いなさそうです。

2011年4月 4日 (月)

放射能の鳥への影響

 放射能の影響が、野鳥にどんな影響を与えるのでしょうか。
 栃木県日光市在住の知人から「今は渡り鳥ならば南から北に鳥が飛んでいく季節なのに、南向かって飛んでいった。野鳥は、危険を認知することができるのか」という電話をもらいました。要するに「原発から放出される放射能の危険を感じて鳥が逃げているならば、たいへんだ」と心配されての電話でした。
 今のところ避難してきた鳥が、急に南で増えたという情報はありませんし、たぶん鳥は放射能を感知できないでしょうと答えました。栃木県の住民としては、隣の福島県で大騒ぎをしているのですから神経質にならざるを得ません。気持ちはわかります。
 ところで、これから野鳥たちにどのように放射能の影響が出てくるのか気になります。野鳥にとっては、避難勧告地域も自宅待機地域も関係なく飛びまわっているいるのですから心配です。
 私は、ちょうどチェルノブイリ原発事故の後にロシア(当時はソ連)に行ったことがあります。事故は1986年、私が行ったのは2年後の1988年。訪れたのはモスクワと北のサンクトペテルブルク(当時はレニングラード)です。サンクトペテルブルグの街なかを車で走っていると、大きなお屋敷のようなところでミヤマガラスがいくつも巣を作っていました。ちなみにミヤマガラスはコロニーを作ります。その中に、翼に白い部分があるミヤマガラスが数羽いました。案内してくれた鳥類学者の方が、それを見て「チェルノブイリ以後、ミヤマガラスの部分白化の個体が増えた。放射能の影響だと思う」と言っていました。
 放射能を浴びて遺伝子に異常をきたし、白化の部位が生じるというのは納得できます。サンクトペテルブルグは、かなり北にありますので事故の影響はないと思い、私も安心して行ったのです。しかし、このあたりのミヤマガラスは冬は南へ渡っているのです。もろに放射能で汚染された地域で冬を過ごし、繁殖のために渡ってくると言うことを事故以来2回は行っていることになります。その親から生まれた子ガラスに部分白化として影響が現れた可能性があるわけです。
 日本では、ハシボソガラスの部分白化は時折見られます。傾向としてはハシブトガラスの部分白化は、数の多い鳥のわりには少ないです。私は見たことがありません。もし、ハシブトガラスの部分白化が関東や東北地方で発見されるようになると、放射能の影響を疑わざるを得ません。こういう時こそ、身近な野鳥たちを見ておく必要がありますね。

2011年4月 3日 (日)

久しぶりの日光-ここも異変

 この週末は久しぶりに日光に行ってきました。
 いつ地震が起きるかわかない、特急スペーシアが1日3往復しかない、計画停電があるということで足が遠のいていました。この週末は、計画停電はなくスペーシアも6往復ということなので、行く気になりました。
 しかし、空いている。春休みの週末ならば、卒業旅行の若者や家族連れで賑わうはずですが、閑散としています。東武日光駅前のお土産物屋はシャッターが下りているほどです。いつも行く居酒屋は賑わっていましたが、おばちゃんの話では地震以後、客が0の日があったとのこと。開店以来はじめてだそうです。お昼を食べた蕎麦屋も、昨日から開店したばかりで、それまであまり客が少ないので閉めていたそうです。
 二社一寺の関係者の話では、来訪者数は95%の落ち込み。5%減ったのではなく、たった5%。ですから日によっては20数人。それも観光客ではなく福島県から避難して来た人だったとのことです。それに、日光の春を告げる弥生祭などのお祭りも中止だそうで、なんとも寂しい限りです。
 特急と減便とガソリンの高騰は遠出を控える原因ですが、福島県の隣の県ということで栃木県は敬遠されていることも大きな原因でしょう。皆さん、最後には「被災地の方のことを思うと文句は言えない」と異口同音に言います。しかし、これが長期になれば死活問題、日光も二次的な被災地となります。
 日光の山道を歩くと、野鳥たちのさえずりがさかんに聞こえてきます。道ばたには、サンシュユとキブシの黄色い花が咲き始めました。人の世の喧噪とは関係なく、季節は移ろって行きます。

2011年4月 1日 (金)

六義園花見異変

 六義園名物の枝垂れ桜が満開となりました。今日が最高の花見時でしょう。ご覧ください。

Rikugiensidare

 この淡いピンク色はたいへん微妙で、咲いてしばらく日に当たると白くなってしまいます。そして、このピンクと空の青が映えるのは、開園時間直後の午前9時から数10分。この時に雨だったり曇りであれば、このような写真は撮れません。数年に1度あるかないかというチャンスの日と時間でした。
 ところが、今年はいつもの花見と違います。もちろん、節電のため花見のライトアップは中止となりました。おかげで、例年1日に1万人を超える人が入園する騒ぎはありません。ですからは、夜は静かです。しかし、朝も静かなのです。いつもならば、枝垂れ桜に近い正門前には人だかりができていて、開門と同時に皆がダッシュしてサクラの前に陣取ります。少しでもよいポジションで、写真を撮ろうとするためです。そのため、サクラに近づくと「そこのおばさん、邪魔だよ!」と罵声が飛ぶほどです。しょうがないので職員が交通整理をして10分だけサクラに人が近づかない撮影タイムを設けていました。
 ところが、今日は開園とともに入ったのは私を含めても5、6人。職員による交通整理はなくても、こうして人のいない写真が撮れたのです。
 また、最高の日にかかわらず、入って来た団体は1組。観光バスはこの団体の1台しか止まっていませんでした。いつもならば、5、6台はとまっていてもおかしくない日に関わらずです。
 石原都知事に言われたから花見をやめたとは思えませんが、自粛ムードは蔓延していることになります。各地の行楽地もこの状態だとすると生活をしている人たちの苦労は、はかりしれません。
 枝垂れ桜には、メジロが数10羽集まって蜜を吸っていました。メジロたちにとっては人の世の自粛ムードとは無縁、今こそ稼ぎ時といったところでした。

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