柚木修さんを偲ぶ会
柚木さんが亡くなったのは、昨年1月。一周忌に忍ぶ会を行う予定の2週間前に3.11大震災が起きてしまいました。その延期された会が今日、彼の友人知人90人が集まり行われました。私と柚木さんとは学生時代からのつきあいですから、仲間の同窓会の様相、彼を失った悲しみととも懐かしい仲間に会え楽しんでしまった会となりました。
柚木さんと私の年は同じ、同じように中西悟堂の著作に巡り会い野鳥に目覚め、学生時代に野鳥と自然保護、そして青春を謳歌した仲間です。卒業後、私は日本鳥類保護連盟の職員として、彼は一年遅れで卒業し日本野鳥の会の職員として活動をします。当時の日本野鳥の会は、任意団体から財団法人になり事務所をかまえたばかりの頃で、専従の事務局員は3名+バイト2名、ボランティア多数という時代です。そのため、かなりアバウト事務局運営が行われていて国民健康保険は各自で加入するなど社会保険もまともにない状態でした。ですから給料も驚くほど安い時代です。私のいた連盟も給料の安いのは同じでしたが、いちおう社会保険はあったので彼らにはうらやましがれたものです。そういった劣悪の環境のなかで、調査を行い自然保護の活動をしていました。日本野鳥の会の事務局の黎明期を支えた一人が柚木さんであり、今や50人の職員を有する日本野鳥の会が存在するのも、当時苦労をした彼らがいたからこそだと思います。
当時を思えば、私も柚木さんも色々なものと戦っていました。言わば、毎日が戦いの日々であり、私自身は柚木さんらの仲間がいることが支えとなり戦えたことになります。戦友を失うということは、こういうことなのかと解った日でした。
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