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2012年6月 5日 (火)

「福沢範一郎さんのお別れ会」

 今日は、慶應義塾大学のホールで「福沢範一郎さんのお別れ会」でした。福沢さんは福沢諭吉のひ孫、盲目の野鳥録音家です。蒲谷鶴彦先生は「一番弟子は福沢さんだ」と言っておりました。それだけに、日本の野鳥録音の創生期を支えたお一人です。
 今日は、塾長はもとより日本野鳥の会の柳生博会長がお出でになるなど盛大でありながら、とても質素な会でした。宗教色はなく献花だけ、それだけに奥様はじめ関係者の方々の心温まる言葉ひとつ一つが心に残りました。
 配布された資料のなかにエッセイ集の小冊子が入っていました。ハンノキをもじって「範の記」は、洒脱に富んだ福沢さんらしいタイトルです。このなかの「妙なロボット」という話がありました。デンスケと三脚に取り付けたパラボラ、マイクコードにイヤーホーン。リュックには、予備のマイク、テープ、簡単な修理道具、雨具は録音機用のものを含めて3着入っていたとのこと。おかげで、サウンドセンサー付きの妙なロボットみたいだという話です。福沢さんの初期の録音機はゼンマイ式のものですから、かなり重かったはずです。これだけの装備を持ち、白い杖をついて軽井沢や戸隠の山道を歩いていたのですから凄いものです。
 今やメモリー録音機の時代です。福沢さんの時代に比べれば、目の不自由な方も野鳥録音をぞんぶんに楽しめる時代となりました。音の世界に生きている方たちが録った音は、健常者の音とはひと味もふた味も違ったものになるはずです。今後、どのように野鳥録音の発展していくのか、とても楽しみです。
 きっと今頃は、天国で蒲谷鶴彦先生と福沢範一郎さんが巡り会って、昔話に花を咲かせていることでしょう。

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