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2012年10月11日 (木)

水野馨さんの写真に写った掛図

 『満州鳥類原色大図鑑』の水野馨さんの写真については、いろいろな方から情報をいただきました。山階鳥類研究所の平岡孝さんからは、中央の猛禽類の剥製は「ヒゲワシではなく、ハチクマに見えます」というご指摘をいただきました。ヒゲワシは、はるかに大きいそうで、顔は確かにハチクマですね。訂正いたします。
 また、園部浩一郎さんからは、壁に貼ってある掛図は私が書いた大正13年に日本鳥学会から発行された『狩猟鳥獣掛図』ではなく「カレンダーの右側が『主要毛皮獣類掛図』(〔満州国〕産業部林野局編)、その右側が『主要狩猟鳥類掛図』(産業部林野局編)です」というご指摘をいただきました。
 園部さんは、日本野鳥の会の元職員で『野鳥』誌の編集長、総務部長などを歴任されました。私の在職中には、お世話になった方です。現在は、フリーでバードウォッチング三昧かと思ったら、去年分厚い『小林重三 作品・掲載書目録』を送ってました。いつの間にか、往年の野鳥画家・小林重三の研究者になり極めていらっしゃいました。厚さがわかるように撮ってみました。

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  園部さんが掛図についてこだわったのは、この絵が小林重三によるものだからです。当時の図鑑などの書籍は、数は少ないものの山階鳥類研究所の書庫や古書店で見ることができます。ところが、掛図類が市場に出ることはまずありません。現在のようにパワーポイントのない時代、人を集めて講演するときの重要なツールが掛図でした。学校でも講習会でも使われていました。しかし、掛図は破れてしまえば捨てられる消耗品です。今では、見ることはもちろん入手することは困難です。私も『狩猟鳥獣掛図』を所蔵していますが、現存が確認されているのは数点にすぎません。
  ところで、園部さんによると掛図の『主要毛皮獣類掛図』の存在を知ったのは林野庁OBの方の所蔵していた原画の裏に「実業部林務司編」と鉛筆でうすくメモ書きがあったからだそうです。実業部林務司は満州の組織であるために、満州のために作られたことは想像できましたが、現物の確認はできませんでした。なんと、この掛図が存在した証拠となるのが、この水野さんの写真だけなのです。
 もちろん制作年も不明です。園部さんによると、産業部林野局が存在したのは1937~1942年の間、水野さんの写真が撮られたのが昭和14年(1939年)のため「発行年は1937~1939年の間に絞られてきたことになりました。」と、喜び言葉も添えられていました。
 さらに園部さんからは、ハチクマの後方右側にある3枚の掛図は、初版の『狩猟鳥類掛図』(農商務省農務局編・1924年・全5枚)ではなく改訂版の『狩猟鳥類掛図』(農林省山林局編・1935年・全5枚)であり、このうちの(左から)其五、其四、其三だとのこと。資料の少ないはずの掛図の初版と改訂版をこの写真から識別するとは、なんとも凄い眼力です。
 その根拠を園部さんの言葉をそのまま、「初版と改訂版は、ほとんどの野鳥のシルエットは同じに描かれているので、遠目に見ると区別はつきませんが、絵のタッチが異なります(絵の技術が上がった)。ただ、水野さんの写真からは、絵のタッチまでは分かりません。区別できるのは、一部描かれている種とレイアウトが異なる点です。例えば、其三:初版ではタゲリの部分に改訂版ではオグロシギ、初版ではケリの部分に改訂版ではアカアシシギ、其四:初版ではルリカケス、クロツグミ♂♀、マミジロ♂♀、アカハラ♂♀、イソヒヨドリ♂♀、ホシガラス、トラツグミの部分に、改訂版ではテッケイ、コジュケイが描かれています。水野さんの写真では、其四の右下にテッケイ、コジュケイがあり、其三の上部に(あまり明瞭ではありませんが)アカアシシギ、オグロシギがあります。」とのことでした。
 おそらく、ここまで来ると話に付いてこられる方は少ないと思いますが、極めた方の眼力と洞察力は凄いものがあります。それに、しっかりと楽しんでいるとしか思えません。脱帽です。それにしても、たった1枚の写真からここまで展開するとは、思いもよりませんでした。
 いずれにしても、水野馨さんのご長男のおかげです。重ねてお礼申し上げます。また、園部さん、貴重なご意見をありがとうございました。

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コメント

まつ様
今年もよろしくお願いいたします。

すいぶん古い記事へのコメントですみません。
「ツミの目の色」の話以降、私も古い図鑑や図譜などに魅力を感じるようになりました。
図書館などによってはデジタルデータで閲覧やダウンロードできるところもあり、いろいろ探しては楽しんでいます。
今日、玉川大学の蔵書のなかに「狩猟鳥類掛図」の初版があるのを見つけ、画像で公開されているのは其の1~4までなのですが、この記事と照らし合わせて初版であることを確認して、なんだか嬉しくなってコメントを書きました。

マニアックですが鳥学の過去を探訪するのは楽しいですね!

S木様
 私もときどき、シーボルトのファウナジャポニカが全部みられるので、玉川大学にはおせわになります。
 昔ならば、山階鳥類研究所にコネがないと見ることができなかった資料がネットで見られるのはありがたいことです。
 これを活用しない手はないし、いろいろ発見があると思います。

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