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2012年11月

2012年11月30日 (金)

目の不自由な方のための録音機-LS-100

 目が不自由でありながら野鳥録音をしている方がいらっしゃいますので、盲人用の録音機 を探しています。森さんは、プレクストークにオーディオテクニカのマイクAT9944を外付けして録音しています。しかし、マイク内蔵型のメモリー録音機であれば1台で完結しているのですから、その方が楽ですし失敗は少ないと思います。ということで、YAMAHAのW24を紹介したのですが、使えないと言われてしまいました。機能、大きさ、操作は良いのですが、音声ガイドがないのです。ということで、現行機種から音声ガイドがあって野鳥録音に使えるであろう機種を探しました。なにせ、通販のサイトへ行けば数10機種もあるメモリー録音機ですからいくらでもあるだろうと思いました。ところが、ICレコーダー系にあってもPCMレコーダー系には少ないことが解りました。
 また、秋葉原のヨドバシに行って並んでいる機種を触っては音声ガイドを聞いたのですが、猛烈な騒音のなかで細かい検証ができませんでした。OLYMPUSのLSシリーズが、かろうじて音声ガイドが充実していると確認できた程度でした。
 野鳥録音をしていると、音を立てるのを極力避けます。ですから、私は録音機はもとよりデジカメから携帯電話も操作音は切っています。まして、音声ガイドなど使ったことがありません。そのため、手放してしまった音声機能があるLS-7などの機種では不明。手元にあるBESETOのDP1000が、音声ガイドがあるとなっていましたが聞いてみるとメニュー操作だけ。これでは、使えません。ということで、OLYMPUSのLS-100をネットオークションで入手することができましたので、本日試してみました。
 LS-100は、OLYMPUSの録音機のフラッグシップ機としての位置づけです。他の機種が20,000円台なのに対し、実売40,000円近い価格です。比較して大きいため、ボタン操作はしやすそうです。大きけれど重量は布製ジャマーを付けて300g、持った感じは軽く思えます。機能は、後発機だけに一通り揃っています。たとえば、96kHz/24bitまでの高品位録音に加え、ファンタム電源に対応したXLRと標準Phoneのコンボジャック付きのため、本格的なマイクを付けることができます。このほか、重ね録り、メトロノームなど音楽録音用の機能が付いています。
 野鳥録音としては、専用リチュウム電池を使用しなくてはならないこと、タイマー録音機能がないことで、ちょっと引いていました。ただし、バッテリーは48kHz/16bitで録音してもで12時間以上持つとのこと、野外での使用に耐えると判断いたしました。タイマー録音については、目の不自由な方が回収することは難しいので、なくてもよい機能と言えます。
 肝心の音声ガイドですが、とても親切です。メニューはもちろんのこと、状況と何をすべきまで言ってくれます。録音開始は「ピ、ピッ」、終了は「ピッ」という操作音で知らせてくれます。今まで音声ガイドを聞いたことがありませんでしたので、ここまで機能が充実しているとは知りませんでした。健常者でも夜明け前や深夜の暗闇のなかので操作をする機会があるのですから、この機能はありがたいと思います。
  肝心の音はどうでしょうか。本日、六義園にてヒヨドリの群れの声を録音してみました。ソニーのPCM-D1、YAMAHAのW24との比較です。写真は、左からW24、LS-100、PCM-D1です。

Ls100hikaku

  比較音源は、48kHz/16bitで録音、いずれも同じところを約20秒ピックアップしています。加工は、ほぼ同じボリュームに調整、フェードイン、フェードアウトのみ。アップするためにmp3に変換していることもありますが、差を大きく感じることはないと思います。しいて言うと、PCM-D1のグランドノイズが遠くに聞こえる、ヒヨドリの声が近くに聞こえるという違いくらいでしょうか。
 LS-100



 W24



 PCM-D1

2012年11月29日 (木)

箕輪義隆さんの野鳥画展「猛禽」

今日は、久しぶりの原宿です。原宿では、ナツメ書房の『日本の野鳥図鑑―CD付き 知りたい鳥がすぐわかる』で、いっしょに仕事した箕輪義隆さんの個展が開催中です。JR原宿駅竹下口のそばの画廊に行くと、カラス仲間のシバラボさんもいて、3人でカラス話で盛り上がりました。ずいぶん久しぶりにお会いしたのですが、Facebookでいつも情報を交換しているので、いつも会っているような気分でした。
 箕輪さんのイラストからは、優しさを感じます。細かい部分まで描き込むと、どうしても緊張感のある堅い絵になってしまいます。ところが、箕輪さんの絵はそうならないです。野鳥たちをじっくりと観察し彼らの生き様を見て、野鳥たちを生き生きと描いているからというのがまず第一。それにお人柄が加わって、そう感じるのかもしれません。今回は猛禽類がテーマですが、猛々しさや勇ましさのある鳥たちですが、優しさも感じました。
 皆さまもぜひご覧いただきたいと思います。

Minowa20121129

 箕輪義隆 野鳥画展「猛禽」
 日時:2012年11月28日(水)~12月3日(月)11:00~19:00(最終日は17:00まで)
 会場:積雲画廊 http://www.sekiungarou.com/
 アクセス:JR山手線「原宿駅」竹下口より徒歩2分
 住所:渋谷区神宮前1-19-14サンキュービル1F

2012年11月26日 (月)

『高尾山野鳥観察史-75年の記録と思い出 』のご紹介

 高校時代、新浜探鳥会に行くと日本野鳥の会東京支部(当時)の幹事の方々が難しいと言われているシギやチドリの識別方法を教えてくれました。そんな幹事は、同年代の私たちから見ると雲上人でした。その一人に清水徹男さんがいました。幹事同士では”しみてつさん”と呼ばれ、難しい鳥や解らない鳥がでると清水さんが呼ばれていたのを覚えています。そのうえ、清水さんは私たち初心者にも丁寧に教えてくれる信頼のおけるオジさんでした。
 実は、清水さんのフィールドが高尾山であることを知ったのはだいぶ後です。板橋区の奥のほうに住んでいた私にとって、高尾山探鳥会の集合時間には始発のバスに乗っても間に合いません。そのため、今の軽井沢や日光以上に遠い存在、あこがれの探鳥地でした。今思えば、その高尾山をフィールドにして、バードウォッチングの技術を磨いていたのですから、名幹事として信頼され親しまれていたのもなっとくできます。その清水さんが高尾山の本を出版されたましたのでご紹介いたします。『高尾山野鳥観察史-75年の記録と思い出 』です。

Takaozanyatyokannsatusi

 高尾山は、今や一大観光地になってしまいましたが、本来は信仰の山。探鳥地として知られるようなったのはそれほど昔ではありません。といっても戦前のことで、その一人の開発者が蒲谷鶴彦先生であることも知りました。1940~1948年の間、なんと300回も高尾山に行った記録をつけ『武州高尾山の鳥』として発表されています。蒲谷先生は戦前に高尾山でバードウォッチングを極め、戦後に野鳥録音を始めたことがわかります。先生からは「当時は京王線の高尾山口駅はなく国鉄の高尾駅から歩いたので記録にハシボソガラス入った」「夜に野犬の群れに囲まれて怖い思いをした(この本で奥様が語っています)」などのエピソードはうかがっていましたが、先駆者の一人であることを改めて知りました。
 こうして高尾山を語ることで戦前、戦後の日本野鳥の会の活動、バードウォッチングの歴史を知ることができます。また、野鳥の記録は自然の変化を把握する上で、貴重な資料として歴史的な価値もあります。それが、この本一冊に凝縮されているのですから読むしかありません。
 ところで、カミさんが91ページの「1970.05.24(5) 全員でアカショウビンを充分に観察、ケーブル山上駅手前」を見て、「このとき、いっしょにいた」と言い出しました。(5)は月定例探鳥会5回目の意味で、まだ探鳥会として定着したばかりの頃です。それにしても、関東地方では珍鳥となっていまったアカショウビンが、高尾山でふつうに見られたのです。それを清水さんと共有できたなんて、なんも羨ましいことです。

タイトル:高尾山野鳥観察史-75年の記録と思い出
著者:清水徹男
出版社: けやき出版
ISBN-10: 487751483X
ISBN-13: 978-4877514839
発売日: 2012/11/21
装丁:四六判279ページ、ペーパーバック
アマゾンのURL
http://www.amazon.co.jp/%E9%AB%98%E5%B0%BE%E5%B1%B1%E9%87%8E%E9%B3%A5%E8%A6%B3%E5%AF%9F%E5%8F%B2%E2%80%95%E2%80%9575%E5%B9%B4%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2%E3%81%A8%E6%80%9D%E3%81%84%E5%87%BA-%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%BE%B9%E7%94%B7/dp/487751483X/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1353896254&sr=1-2

2012年11月25日 (日)

北本自然観察公園-クイナの声

 六義園は紅葉の最盛期を迎え激混み、周辺の歩道を歩くのも一苦労という季節となりました。ということで、今日は天気も良いので北本自然観察公園に行ってきました。
 北本自然観察公園も見事な紅葉が見られました。今日の澄んだ青い空に、木々の葉の色が映えてとても気持ちの良いなかでのバードウォッチングを楽しみました。鳥は、ツグミにジョウビタキ、シメ、アオジ、カシラダカ、ルリビタキと冬の鳥はひととおり揃っていました。シジュウカラがやたら多くて、コゲラ、メジロと例によってヤマガラと群れていました。池には、マガモとコガモ、そしてアオサギがいて、皆が足を止めて見ていきます。大きな人だかりはありませんでしたので、皆が目の色を変えるような鳥はいなかったようです。
 だいたい去年、クイナの声を聞いたところで、今年も鳴いていました。PCM-D1で録音、ボリューム調整、低音ノイズの軽減、ノイズリダクションをかけています。


 ところがクイナの声を録音しようとしたら、その横でアリスイが出現。数人のグループが足をとめてしまい動きません。取り合えず録音機を回し人の声のないところをアップしました。このグループのリーダーとおぼしき方に「クイナが鳴いていますよ」と教えてあげたところ、「あれはアリスイの声です」ときっぱりと言われてしまいました。
 声は、水辺に近い丈の低い草むらから聞こえて来ますし、今まで何度も録音していますから間違えはないと思います。以前、バードリサーチの平野敏明さんからクイナの秋の声と教わったものです。
 同行者もいるし、リーダーの方の顔をつぶしては申し訳ありませんので、それ以上は言いませんでした。それに、この声は市販されているCDには収録されていませんのでクイナの声とわからないのも無理はありません。
 しかし、そこまできっぱり言われてしまうと、こちらも心配になり調べて見ました。ということで、根拠の音源を紹介します。バーリサーチのWebサイトの「鳴き声図鑑」にアップされているクイナ4件のうち、上から3番目に相当します。
  http://www.bird-research.jp/1_shiryo/nakigoe.html
 秋の声と教えてくれた平野さんが録音しています。録音は2008年11月04日、今月に録音されていました。

2012年11月24日 (土)

目の色の変わったツミ

 獲物を見つけたツミが、目の色を変えたというわけではありません。ツミを追いかけているS木さんが、見つけたのです。まずは、彼のブログ『野原から』の「ツミの雄はいつから目が赤くなったのか?」をご覧ください。
  http://blog.livedoor.jp/gnohara/archives/6754320.html
 カメラや高性能の望遠レンズが普及して写真図鑑が出版されるようになったのは、ここ四半世紀のことです。それ以前は、イラストによる図鑑が中心です。それも、参考にする写真もないのですから剥製を見て絵を描くということになります。そのため、剥製になってしまうと失われてしまう虹彩や脚の色が微妙に違ってしまうのです。
 またツミは、今では山手線の周辺の緑地でも繁殖するようになりました。しかし、私が日本鳥類保護連盟に勤めていた頃、環境庁(当時)からワシタカ類の生息状況の概略を教えて欲しいという要望がありました。できたら、推定で良いから個体数を知りたいというものでした。しかし、今のようなデータの無い時代ですので、-や+の記号でランクを付けて報告したことがあります。このとき、ツミも調べたのですが記録のなさに驚きました。確実な繁殖記録は、『清棲図鑑』に記載されている事例しかありません。もちろん最低のランクです。
 当時、もちろん私は見たことはありませんでしたし、山階鳥類研究所の職員に聞いても誰も見ていませんでした。これが、1970年代のことです。
  ですから、これ以前のツミのイラストは、虹彩の色が赤いはずの雄も雌と同じ黄色に描かれているのです。それをS木さんは見つけ、いつの頃から赤くなったのか知りたいというものです。
 私もこのことを確かめるために、大図鑑を調べて見ました。『黒田図鑑』(1933-1934)には、雌雄と幼鳥が描かれていますが黄色です。『山階図鑑』(1934、1941)にはイラストはありませんが、記述で雌雄の区別はされてなく「虹彩はレモン黄色」となっています。『清棲図鑑』(1965)は、本文の記述はなく小林重三のイラストは黄色でした。
 S木さんの指摘どおり、高野伸二さんが描かれた『野外観察用鳥類図鑑』(1965)では黄色に描かれていますが、『フィールドガイド日本の野鳥』(1982)では初版から赤くなっています。どうも、このあいだに分水嶺があるようです。
 もう少し、時期を絞るために同時期の高野さんの著作を見ると、小学館の『日本の野鳥』(1976)は、少なくとも初版は黄色。日本野鳥の会の『野鳥識別ハンドブック』(1980)は、モノクロ図版で本文では虹彩の記述はなし。ということは、1980年以降1982年前、訂正や印刷のことを考えると1980年あたりに高野さんがお気づきになり、それ以降の図版で赤くしたと推測できます。少なくとも図鑑のツミの目の色が変わったのは1980年代ということになります。これは、ツミが関東地方の住宅地や公園、街路樹で繁殖が確認されるようになった時期と一致します。
 また先週、S木さんのブログをFacebookにリンクさせたところ、ムシクイ研究家のW部さんから、学生時代に先輩から聞いた話としてコメントいただきました。
-舳倉島で「ツミの雄の目の色って何色でしたっけ」と言ったら当時よく舳倉に来ていた石川県のある方が即座に「赤!」とおっしゃった。それで先輩が『日本の野鳥』と違うと言ったら高野さんがいらっしゃって頭を抱えていた。1978年か1979年のことです。-
 このエピソードからも、年代の推定が合っていたことがわかりました。今と違って当時は、高野さんの図鑑しかなかったのですから、高野さんはあちこちから間違いを指摘され、へこんでいました。高野さんには申し訳ないのですが、当時の若いバードウォッチャーの間では、高野さんの図鑑の間違いを探し見つけたらヒーローだったのです。
 ところで、それ以前の図鑑に赤い目をしたツミの雄がいなかったのか、調べて見ました。すべてを見たわけではありませんが、ありました。榎本佳樹さんの『野鳥便覧・下』(1941)です。当時のカラー印刷ですから印刷が荒いのですが、間違いなく赤みがあります。対面のページに、8エッサイ(ツミの雄のこと)、9同幼鳥、10ツミ(ツミの雌のこと)となっています。

Yatyobinransparrowhawk

  『野鳥便覧・下』は、野鳥の本コレクター垂涎の稀覯本です。文庫本サイズの小さな本に関わらず日本の図鑑、大きく言えばバードウォッチングを変えた本だからです。この本に書かれている全長がそれ以降の図鑑に引用、さらに孫引きされて行きます。その全長が最初に記載された本だからです。
 榎本さんは、剥製で同定するのではなく野外で識別できるように資料を集め『野鳥』誌に連載したり、それを元にこの本を書きました。全長は、剥製にしてしまうと乾燥してしまうために計ることができません。そのため、生の鳥でないと計れないのです。それだけに、資料の収集には苦労されたことと思います。『野鳥便覧・下』にもツミの全長が書かれています。それも、平均欄も埋まっているのですから複数のツミを計ったことになります。それだけに、榎本さんは生のツミを手に取る機会があって、雄の虹彩が赤いことを知っていたのです。
 S木さん、ネタの提供ありがとうございます。おかげで、当時のバードウォッチング事情を知ることができました。重ねてW部さん、コメントありがとうございました。 
 ところで、こういうネタに出会うと目の色が変わってしまうのは私だけでしょうか。

2012年11月21日 (水)

『朝の小鳥』12月放送分スタジオ収録

 今日は、文化放送にて12月に放送される『朝の小鳥』のスタジオ収録でした。11月や12月は、小鳥のさえずりは少ないので海外の鳥を取り上げています。このところ毎年、オーストラリアの鳥を選んでいます。今回は、とくにキングフィッシャーパークの森で録音した鳥たちです。ここは熱帯雨林が広がり、朝のコーラスはにぎやかでした。そのため当時、持って行ったR-09、PCM-D1、PCM-D50を駆使してかなりの録音をしました。ところが、声は録れても暗い早朝の森のこと、姿が見えず声と名前を一致させるのに苦労いたしました。名前がわからなければ、番組には使えません。
 ところが、インターネットのおかげで国際的な交流ができて、ニュージーランドのLES MCPHERSONさんに教わることができました。彼もわからないものは、オーストラリアの録音仲間に聞いてくれました。驚いたのは、鳥だと思って録っていた声がカエルだったことです。どおりで、オーストラリアの鳥のCDを聞いてもわからないはずです。
 LES MCPHERSONさんには、お会いしたことはないのですが、彼のサイト見ると品の良いオジさんが写っています。
  http://www.archivebirdsnz.com/les-mcpherson.html
 彼は、40年以上のキャリアのあるプロの野鳥録音家で、CDも出していました。私が関わったCD付きの図鑑をお送りしたところ、彼のCDを7枚も送ってくれました。このCDのクオリティは高く見事な録音でした。各国に蒲谷鶴彦先生みたいな方がいるのですね。

2012年12月放送内容です。
12月2日 カオグロカササギビタキ
   9日 チャイロモズツグミ
   16日 ハイガシラヒメカッコウ
   23日 メガネコウライウグイス
   30日 ベニカノコバト

2012年11月19日 (月)

雪の戦場ヶ原-クマに注意

 週末は、日光野鳥研究会の自然観察会で日光へ。土曜日は、到着するとまもなく雨。ところが、翌日曜日は見事に晴れました。ただ、戦場ヶ原の赤沼駐車場に着くと、凄い風です。電線が鳴っていましたから風速10mは越えているはずです。ときどき、雪も舞ってきました。風がなければチラチラという感じになるのでしょうが、強風のなかです。雪が、顔に当たると痛いほどです。
 それでも、鳥が多くウソはもとよりヒレンジャクとキレンジャクの群れ、上空を飛んでいったオジロワシの尾が太陽に透けてとてもきれいでした。参加者一同、寒さのなか野鳥たちの出会いに熱くなっていました。
 ところで先月、戦場ヶ原のここ赤沼付近で男性がツキノワグマ(以下、クマ)に襲われ重傷を負いました。けっこうニュースになりましたので、ご記憶の方も多いと思います。この事故の前日にはカミさん、ほぼ同じ時間にはメンバーのK村さんが事故現場を通っています。K村さんは騒然とした当日のことを語ってくれました。それだけに、とても他人ごととは思えません。
Kumanityui

 20年来日光に通っていますが、赤沼付近でクマが出没したという報告は初めて聞きました。車の往来の多い国道が通り、冬でも遊歩道を歩く人は少なくありません。このようなところにクマが出てくるとは、クマの習性に変化が起きているのでしょうか。
 昨日もクマの痕跡がありました。まず、赤沼のトイレのすぐ裏のミズナラの木には熊棚がありました。同じような規模の熊棚は、青木橋までの1kmばかりの間に3ヶ所もありました。
 さらに木道の上にクマの糞がありました。糞は、新鮮なもので昨日の大降りの雨があったにも関わらず、そのままの形をしていますので、その日の朝の可能性があります。糞には、赤いカンボクの実が消化されず入っていました。以前、見た糞よりは小型、でもサルより大きいので、クマは雌か若い個体ではないかと思います。いずれにしても、先月の事故のあと、2頭のクマが駆除されたことになっていますが、まだ他の個体がいる可能性があるのです。
 観察会のような10人を越える人数であれば、人の気配を発散させて歩いていますので襲われることはないでしょう。単独行、少人数の場合は熊鈴を鳴らして、歩くしか今のところ予防策はありません。あとは、クマに見つかるより早くクマを見つけ、対処すること。これは、いつも鳥を探して風景をサーチしているベテランバードウォッチャーならば、できるでしょう。
 ところで先日、カミさんと歩いたとき会話のない夫婦が、クマに襲われたなんてことにならないよう熊鈴を着けて歩きました。ところが、私の歩き方だと鈴が鳴らない時が多いのです。自然のなかでは、足音をたてないように歩くクセがついてしまっていました。

2012年11月18日 (日)

『身近な野鳥観察ガイド』-ご紹介

 著者の箕輪義隆さんから『身近な野鳥観察ガイド』をお送りいただきました。
 図鑑かと思ったら、野鳥の見所を解説した内容で、いわばバードウォッチングの見所を案内してくれるガイドブックです。野鳥の面白さを戸塚さんと写真と箕輪さんのイラストで、わかりやすく解説されています。
 ときにバードウォッチングの初心者が「バードウォッチングとは野鳥の名前を言い当てるもの」と勘違いしてしまうこことがあります。これは、探鳥会におけるリーダーの指導のまずさ、野鳥を見つけて名前を教えるだけでの指導にあると思います。バードウォッチングはもっと面白い見所がたくさんありますし、奥深いものです。ただ、それを解説した本が少ないのは事実です。この本は、初心者にとってはバードウォッチングは名前を言い当てるばかりでないことを知ってもらえるでしょう。鳥たちの生活、生き様を見ることで、より深く野鳥を知り、魅力を堪能することができると思います。また、リーダー的な立場にある人にとっては、ネタ本として活用してもらえればと思います。そうすれば、バードウォッチングと野鳥の魅力をより伝えることができるのではないでしょうか。
 箕輪さん、ありがとうございました。

Aguidetofamillarbirdsofjapan

タイトル:身近な野鳥観察ガイド
著者:戸塚学、箕輪義隆
装丁:ペーパーバック、A5版、160ページ
出版社: 文一総合出版
ISBN-10: 4829972009
ISBN-13: 978-4829972007
発売日: 2012/11/9
定価:2,000円+税
文一総合出版社のURL。
http://www.bun-ichi.co.jp//tabid/57/pdid/978-4-8299-7200-7/Default.aspx
アマゾンのURL。
http://www.amazon.co.jp/%E8%BA%AB%E8%BF%91%E3%81%AA%E9%87%8E%E9%B3%A5%E8%A6%B3%E5%AF%9F%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89-%E6%88%B8%E5%A1%9A%E5%AD%A6/dp/4829972009/ref=sr_1_cc_1?s=aps&ie=UTF8&qid=1352970105&sr=1-1-catcorr

2012年11月17日 (土)

BINOS Vol.19-日本野鳥の会支部の論文集

 日本野鳥の会神奈川支部の研究年報『BINOS Vol.19』をいただきました。
  僭越ながら宮脇佳郎さんの「ほかの鳥の声を真似て鳴くメジロ」の論文にコメントを依頼されたために編集に協力いたしました。私もメジロの声を録音していますが、他の鳥を真似ている声を録音したことはありません。宮脇さんは、目のつけどろというか耳のつけどころを心得ていらっしゃいます。宮脇さんの報告では、録音した地域では少ない鳥の声を真似しているので、メジロが他の地域から移動して来た可能性を示唆しています。鳥の移動は金属製の足輪、最近では発信器を着けての調査がされるようになりました。それを鳴き声の鳴きまねから移動がわかるなんて、なんともアナログ的で面白い記録です。これ以上の詳細は、BINOSをご覧ください。
 この他にも、ICレコーダーを活用した鳴き声の報告、声紋が掲載されいる論文が収録されています。日本鳥学会での発表も含め、最近こうした鳴き声についての記載が増えたのはうれしい限りです。まだまだ未解明な分野ですから、いろいろ発見があるはずです。今後の研究に期待します。
 なお、このほか昨日訪れた葛西をテーマにした「葛西臨海公園鳥類園におけるシギ・チドリ類の渡来状況と来園者の意識から見た現状と課題」が面白かったです。こうした取り組みから、野鳥に対するマナーが欠如した人たちのコントロールまで展開して行くと良いですね。このほか、珍鳥の記録など満載です。
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 日本野鳥の会神奈川支部Webサイト、BINOS最新号についてのURLです。購入方法も書かれています。
http://www.mmjp.or.jp/wbsj-k/binos19.htm
 これだけの知識と情報が、定価1,200円・送料80円で入手できます。

2012年11月16日 (金)

葛西で自然観察会-駒込地域文化創造館

 今日は、駒込地域文化創造館の自然観察会の指導で、葛西臨海公園に行きました。総勢20人ほどの会です。ここ3週間続けて金曜日に講義をしてきました。そして、今回は外へ出てバードウォッチングを楽しもうという企画です。去年も葛西行きを企画したのですが雨のため、室内での講義に切り替えたいきさつがあります。そのため、今日の好天は最高でした。
Kasai121116

 まずはまっしろな富士山を拝んで、バードウォッチングの開始です。葛西と言えば、先日は野鳥カメラマンとのトラブルが波紋を呼びました。今日も何かあったらネタを仕入れられると思ったのですが、野鳥カメラマンの姿はほとんどいません。たぶん、珍しい鳥がいないでしょう。
 しかし野鳥は多く、探すまでもなく見つかるので初心者の多い観察会としては、とても楽な行程でした。そういえばチラッとですが、ウソもいました。山の鳥が海辺の公園までいるのですから、そうとうの数が飛来していることになります。
 観察会終了後、残った方たちと面白い体験をいたしました。鳥類園の海辺で沖のスズガモの大群を見ていたら、上空に1羽の猛禽が飛んできました。翼の裏が白く、最初はミサゴかと思いました。しかし、どうも翼の形が違います。幅が広く先が丸みを帯びています。そして、中程に大きな黒い部分があります。コミミズクです。フクロウの仲間ですから、タカのように顔が突き出ていません。コミミズクは、上空を滑空しています。ときどき羽ばたいては上昇気流を見つけて、どんどん高く登って行きます。いちばん近い時は、頭の上までやって来てくれました。
 本日は晴天、雲一つありません。真っ青な空に白い翼のコントラストがとてもきれいです。コミミズクはフクロウの仲間ですから、活動をするのは夕方から、あるいは曇りのときなど。それが、このピーカンの晴れの中を飛ぶのは珍しいことです。
 私が、このような場面に遭遇するのは2回目です。高校時代に東京都板橋区の荒川の河川敷でコミミズクを見つけ、観察を続けたことがあります。4月上旬、春の晴天のなか、数羽のコミミズクがらせんを描きながら上昇して行きました。これ以降、このシーズンはコミミズクに出会うことがなくなりましたので、晴天のなか高みに向かって飛ぶ行動は渡りではないかと推測しました。
 今日のコミミズクの行動、渡って来たところなのでしょうか。それにしても、今年の冬は忙しくなりそうです。

2012年11月15日 (木)

ムラサキシキブを食べてみる

 今日、ウソには3羽と10羽の群れに遭遇しました。見えた限り亜種ウソでした。常連さんの話では、いつものムラサキシキブの木にも1羽が来たそうです。昨日のアカウソはどこかに行き、新たに群れが入ったようで、本当に毎日入れ替わっているようです。それだけ、ウソが多いということでしょう。
 それにしも、ウソはムラサキシキブの実が好きですね。口いっぱいにほおばり、くちばしの周りを種子だらけにしています。そのため、ときどき他の木の枝にとまりくちばしをこすりつけて掃除をするほどです。
 あまりにも、ウソがムラサキシキブの実をおいそうに食べるので食べてみました。最初に食べた実は、味がありません。ところが、ウソが来ていた木の実を食べるとほのかに甘さを感じます。今年は、ムラサキシキブの実が豊作で園内をまわると、こんなところにもムラサキシキブがあったのかと気がつきます。それだけあちこちにムラサキシキブがあるのですが、ウソが来る木は決まっています。
 来るのは、日当たりの良いところにあって実が大きめ木です。そして、来ない木と来る木の実を食べてみると、甘さが違います。来ない木は味がなく、来る木はほのかではありますが甘いのです。
 鳥は味覚が発達してないと思っていましたが、ちゃんと甘い実を選んで食べていました。甘い=カロリーが高いということ。これから厳しい冬を越えるためには、味覚のするどさが生死をわけるかもしれません。
 美味しそうに実ったムラサキシキブの実。これは、ウソの来る木の実です。

Murasakisikibu

2012年11月14日 (水)

今日のウソ

 昨日のウソに会いたくて、近くの公園に行きました。昨日、ウソがいたところで待っていると案の定、ウソがやってきました。ところが、今日は雄と雌の2羽。よく見ると雄の胸が赤く昨日とは違う個体、亜種アカウソでした。雌の方は各部位の測定値が異なるはずなのですが、見る限りわかりません。雄の証拠の写真です。昨日の写真と比べると、明らかに胸の色が違います。

Bullfinch121114

  昨日いたのは、亜種ウソの雄。今日は亜種アカウソの雌雄と、日替わりで入れ替わっているようです。亜種ウソの繁殖地は千島から日本列島、亜種アカウソの繁殖地はアムール川の流域からサハリンとなります。亜種ウソが南、亜種アカウソが北と大まかに分かれています。そのどちらの亜種も増えての来訪ということになります。
 どちらの亜種も増えたのならば、日本の本州から大陸にかけて夏の気候が種ウソにとって条件が良かったと言うことでしょうか。しかし、これだけの広範囲の気候が良好だったというのいうのも考えにくく、いったいウソに何が起きているのでしょうか。

2012年11月13日 (火)

ウソ来訪

 去年とは、うって変わって冬鳥がにぎやかです。近くの公園には、ここ1週間ウソが滞在しているとの情報。本日の夕方、やっと時間ができたので行ってみました。常連さんに教わったムラサキシキブの前で待っていると、雄のウソがやってきました。
 今日は、雄と雌が1羽ずついたそうです。ここ1週間で、数が変わったり胸の赤い亜種アカウソが入ったり、これも赤さに違うものが入ったりで日替わりで変化をしています。総合すると10数羽のウソが、入れ替わり立ち替わり訪れていると推測できました。都内やその周辺の公園でも、ウソの出現の情報が入ってきています。ウソもヤマガラ同様、爆発しているでしょうか。
 見ていると、ムラサキシキブの実をむしゃむしゃと食べ続けています。すぐそばを人が通ってもお構いなしです。おかげで、写真も取り放題でした。

Bullfinch121113

 過去にこの公園で、ウソが記録されたことはあることはありました。しかし、数は少なく通過という感じで、見られたのは1日だけでした。それに、このように目の前でムラサキシキブの実を食べるのを始めて見ました。こんなにウソが、ムラサキシキブの実が好きだとは知りませんでした。なにしろ園内でウソが見られたのは、ムラサキシキブの木のみで、とにかくムラサキシキブのあるところでしばらく待てばウソに会えるということでした。
 普通、ウソなどの小鳥が都内の公園にやってくるのは、日光など山地で降雪があってからです。木枯らしが吹いて第一陣、クリスマス寒波で第二陣と、平地の小鳥が増えて行きます。ところが今年は、木枯らしや寒波の来る前に小鳥がやってきている感じです。ですから、今までウソような小鳥が来る頃には、ムラサキシキブの実はヒヨドリに食べられてなくなっています。それが、早く来たおかげで、ウソとムラサキシキブの実が遭遇できたことになります。この味を覚えてくれて、来シーズンも来てくれればうれしいですね。

2012年11月11日 (日)

小林豊さんのお葬式

 日本野鳥の会の事務局長の小林豊さんが、先週7日にお亡くなりになり今日が告別式でした。7日は、ちょうど日本野鳥の会の評議員会があって、私もオブザーバーとして出席しておりました。ところが、彼の席だけが空席。てっきり調査のために飛びまわっていると、ばかり思っていただけにびっくり。そして、これから日本野鳥の会を担っていく優秀なベテランを失い、がっかりです。
 小林さんは、私が日本野鳥の会の職員だったときに新人として事務局に入ってきました。当時の保護部に所属。この頃の日本野鳥の会は、今とは違った意味でいろいろたいへんな時期でした。さらに、彼のいた部は苦労の多いところでしたので、奮闘している姿が印象に残っています。
 彼とは妙に気があって、彼は私のことを中尉と呼んでいました。私が室長だったので小隊長という階級です。私が辞める頃には、私のことを大佐、彼を中尉と勝手に階級を上げました。横で聞いていたH元女史は「しょうもない!」と、あきれていましたが、彼と私だけに通じる符丁となっていました。それ以来、20年以上経ちましたが、彼からのメールは、いつも大佐殿で始まり「これよりカンムリウミスズメの上陸作戦を開始」などと報告を受けました。私からは「中尉殿 武運を祈る」と返事をしたものです。
 そんな彼が、日本野鳥の会が新体制に移行するとともに事務局長に就任いたしました。本来ならば、理事としての役職も同時になっていただくのですが、彼は固辞。少しでも現場に出て働きたいということでしょう。それだけに、カンムリウミスズメの各地の調査から釧路のシマフクロウの土地買い上げと全国を飛びまわっていました。もし、過労で命を縮めたのであれば、無理矢理ににでも理事にして、少しは机に縛り付けておく方が良かったかもしれないと悔やみます。しかし、それはそれで小林さんとしては満足できなかったことになり、ストレスが溜まっていたかもしれません。何とも小林さんの死のショックで、考えがまとまりません。とにかく、私としては何もして上げられず、悔しい思いでいっぱいです。
 本日は、曇りで薄ら寒くお葬式日和でした。参列者の多くが顔なじみ、これだけ涙が流された葬式は初めてです。しかし。いちばん涙を流しているのは、鳥たちではないでしょうか。鳥たちにとってみれば守護神を失ったも同じこと。援軍の来ない砦に取り残された思いになっているかもしれません。
 今思えば去年、事務局長になったのですから、彼を連隊長として大佐の階級に昇格しておくべきでした。小林豊さん、お疲れさまでした。ゆっくりとお休みください。ご冥福をお祈りいたします。

2012年11月10日 (土)

秋の晴れの隠れ三滝を歩く

 この季節の日光は、どこも渋滞するし鳥は少ないしで敬遠しています。しかし、今日は秋晴れに誘われて”隠れ三滝”を歩きました。霧降の滝の駐車場から歩き始めて、玉簾の滝、まっくら滝を通り、丁字の滝に立ち寄り、戻るコース、およそ3時間の山歩きです。ところどころ急な下りと登りがありますが、全体としてはゆるやかなアップダウンが続く歩きがいのあるコースです。初冬の風情になった玉簾の滝です。
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 霧降滝の上流の渓流沿いの山道ですから録音は無理。もっぱらウォッチングモードです。案の定、鳥との出会いは少ないもののカラ類の群れに遭遇したら、目の前にキクイタダキが来て頭の黄色を何度も見せてくれました。綾錦に染まった山を見上げたらオオタカが通過。私の歩く前を何度もオオマシコが顔を出すなど、中身の濃い野鳥との出会いを楽しめました。
 今は、秋の山歩きの快い疲労感に身体が包まれています。

2012年11月 8日 (木)

跗蹠をなんと読む

 昨日の記事で”原記載”を”元記載”と誤変換したまま、アップしてしまうという大きなミスをしてしまいました。その私が漢字の読みついて考察するのは、はばかれますが今日は鳥の部位の読み方についての疑問です。
 鳥の身体の構造は人とは違うために、それぞれの部分を特別な呼び方をしています。嘴や翼はなじみがありますが、脚の一部を”跗蹠”と呼びます。特殊な漢字なので、コンピュータによっては表示されず?マークになっているかもしれません。足偏に付のつくり、足偏に庶のつくりの漢字2文字です。
 鳥の脚の太ももの部分はだいたい羽毛に隠れて見えません。見えるところは人の足でいえば、膝から下です。ですから、曲がっている部分はかかとに相当します。そして、この曲がった部分から脚の指の付け根まで、人で言えば足の平の部分となるために、特別な名称になったのでしょう。この跗蹠を何と読むかです。
 実は昨日、カミさんにGurneyさんの論文を訳してもらったときに「電子辞書を調べたら『ふしょ』ではなく『ふせき』になっている」との指摘。私も今まで「ふしょ」と読んでいましたし、仲間との会話でも「ふしょ」です。ときどき、「ふしょう」と言う方がいて「『ふしょ』でしょ!」と指摘することはありました。原稿を書くときには、なるべくこのような難しい言葉を使うことのないようにしています。しかし、入門書や図鑑では避けることができず、使っています。その場合、「ふしょ」とひらがなで書くようにしています。たとえば、私が監修と執筆をした『バードウォッチング入門』(1991・山と溪谷社)では「ふしょ」とひらがな表記にしています。いずれにしても「ふせき」という読み方があるとは知りませんでした。
 跗は調べて見ると”くびす”、”きびす”でかかとのこと。蹠は”足裏”ですから、かかとから足裏にかけての部分ということで、まさに鳥の足の構造から当てた漢字となります。
 おそらく跗蹠の初出は、内田清之助の『鳥學に用ゐらるゝ諸術語』(1912 動物学雑誌 No.289、p624-631)だと思います。この小論文で、鳥の各部位の英語の名称の日本語訳が確立されます。たとえば、Primariesを初列風切羽というように英語の名称に日本語の名称を当てています。多くは新称で、このときTarsusに跗蹠という漢字を当てたと思われます。なんとしてでも、日本語にしようという意気込みを感じる訳語です。ただ、この小論文にはルビがなく、読み方を聞きたくても内田さんはすでに故人。考えてみれば、今年はこの日本語訳ができて100年目です。すでに歴史の霧のなかに埋もれてしまっています。
 手元にある図鑑類を見てみると、大図鑑には跗蹠が載っているもののルビがないので読み方はわかりません。最近ものですが『世界文化生物大図鑑 鳥類』(1984・世界文化社)には「跗蹠」に「ふしょ」のルビがふってありました。ネット上でも、「ふしょ」が大多数ですが、「ふせき」もあります。
 蹠のつくりは、庶ですから「しょ」と読みたくなります。しかし、足蹠と書いて「そくせき」と読むわけですから「せき」も正しそうです。いわば、鳥類学的には「ふしょ」、国語的には「ふせき」のようなのです。私の知識では、どちらにも軍配をあげかねます。今後の課題とさせていただきます。

2012年11月 7日 (水)

リュウキュウオオコノハズクの原記載

 ジャパンバードフェスティバルで、O谷さんとお会いしました。今まで、メールで野鳥録音やオオコノハズクの課題について何度がやりとりした方です。それだけに、はじめって会った気がしません。そのO谷さんからリュウキュウオオコノハズクの原記載、はじめて報告された論文を教えてという希望がありました。これは、鳥を調べる時の基本中の基本、まずは原記載を調べなくてはなりません。
 まず、命名者を調べます。『日本産鳥類目録』の学名の次に書かれている命名者はGurneyとなっています。目録には参考文献が載っていないので、膨大な文献リストのある『清棲図鑑』を探しましたが載っていません。つぎに調べた『山階図鑑』には種名のつぎに、原記載が書かれていました。
 Gurney Ibis p302 1889 Rynkyn Naba Okinawa
 とあります。Gurneyさんによって、イギリスの鳥学会誌Ibisの1889年に発行された302ページに書かれているという意味です。次のアルファベットは、種として登録したタイプ標本の産地で琉球、那覇、沖縄の意味でしょう。
 Gurney、Ibis、1889というキーワードで検索すると、フクロウ類の原記載論文のリストとPDFファイルをアップしているサイトを見つけました。昔ならばイギリス、最近でも山階鳥類研究所へ探しに行かなくてはならなかったのですから、なんとも便利な世の中になったものです。
 OWL ProjectのURLです。
 http://www.globalowlproject.com/species.php?genus=Otus
  原記載論文は、
 Gurney, John Henry 1889 On an apparently undescribed Species of Owl from the Liu Kiu (or Loo Choo) Islands, proposed to be called Scops pryeri. Ibis, Vol. 31, pages 302-305.
 タイトルは「今まで記載されていなかった琉球列島のフクロウ類にScops pryeriと命名することを提案する」と言ったところでしょうか。
 カミさんに訳してもらうと、面白いことがわかりました。
 1886年にアメリカのStejneger氏がリュウキュウコノハズクを新種として発表しています。Gurneyさんが、それとは違うフクロウ類をSeebohm氏のコレクションの中から見つけ、これを新種として発表したい。Pryer氏が沖縄で入手したものなので、彼を記念して学名をScops pryeriと名付けたいというものです。
 筆者のGurneyもアメリカのStejneger、イギリスのSeebohmも、日本には来ていません。Pryerは日本に在住し、ブラキストンとともに日本で最初の科学的な鳥のリストを発表した方で、Pryerが採集人の役割をしていたことがわかります。
 また、新種とした根拠になった標本は、Norwich MuseumにあるSeebohmコレクションにあった成鳥と若鳥の2体。「標本は、2体とも琉球列島中央部の沖縄島で採集されたと思われ、2体ともPryer氏の手書きで“Ryukyn Naba, june(Aug.), ‘86”と記されている。」とあり、1886年9月に採集されもの、Ryukyuは琉球、Nabaは那覇と推測できます。那覇をナバと聞き間違えたのか、hをbと読み間違えたのかわかりませんが、いずれにしても当時、辺境の地であった日本の情報の少なさを物語っています。
 あと論文には、リュウキュウコノハズクとリュウキュウオオコノハズクの大きさや色、形態の違いが書かれています。当時のIbisには、写真がなく文章ですべて表現されています。リュウキュウコノハズクでは、初列風切の第3と第4が同じ長さで一番長く、第5は明確に短い。リュウキュウオオコノハズクでは、第4が一番長く、第3と第5は同じ長さで、第4よりほんのわずか短いだけである。また、この2種の明確な識別点は、リュウキュウオオコノハズクの方が嘴のサイズが大きいこと、ふ蹠が趾の根元まで厚く羽毛で覆われていることなど、記述は細かく書かれています。脚の羽毛の有無など、現在リュウキュウオオコノハズクとされているものと一致します。
 また、タイプ標本は1886年に採集され、論文は3年後の1889年に印刷されています。剥製が何ヶ月もかけて船で運ばれたことを考えると、かなり早いペースです。当時の新種発見競争が、熾烈だったためでしょうか。いずれにしても、19世紀末のイギリスの博物学にかける情熱を感じます。
 なお、筆者のJohn Henry Gurneyは、ウキペディアに載っているような有名人でした。

Gurney1
  イギリス人で1819年に生まれ、1890年に71歳で亡くなっています。このリュウキュウオオコノハズクの論文を発表した翌年に亡くなっており、遺作となりました。彼は、プロの研究者ではなく、裕福な家柄で本職は銀行家、アマチュアの鳥類学者です。猛禽類やアフリカの鳥、そして東洋の鳥についての本や論文を書いています。いかにも、マニアックなアマチュアが興味を持ちそうな種類と地域の鳥です。
 O谷さんは今日から沖縄に行くとか。また、新たな情報を仕入れられると良いですね。

2012年11月 5日 (月)

初心者向けの双眼鏡を探す-JBF

 ジャパンバードフェスティバル(JBF)の良いところは、一度に光学器機メーカーの製品が比較できることです。これだけ、一同にメーカーのブースが並ぶことはありません。それも野外での展示ですから実際に使用する状況で比較する機会は、JBFだけでしょう。
 今回の課題のひとつは”初心者用の双眼鏡を探す”でした。私は、初心者を対象とした観察会を指導する機会が多いのです。そのとき「家に双眼鏡があったら持って来てください」とお願いしています。そして、皆さんが持ってくる双眼鏡のひどさには驚きます。たとえば、霞がかかったような視野の双眼鏡が多いですね。いくらレンズクリーナーで拭いても見えません。もっと酷いのは無限大にピントが合わないもの、さらに100倍という考えられない倍率の双眼鏡などを持ってきます。その中には、名の通っているメーカーの製品もあります。こんな双眼鏡を作り売っているメーカーの企業倫理を疑ってしまいます。これでは、せっかくの野鳥の素晴らしさを知ってもらえることはできません。
 ということで、初心者に勧める機種をどれにするか課題なのです。ベテランになれば、10万円を超える双眼鏡を買うのはためらうことはないでしょう。それだけのグレードのものを持てば、野鳥がよりクリアにきれいに見えることを知っているからです。しかし、初心者の方に最初からこの金額のものを進めるのはためらいます。
 初心者の方に聞いてみると、趣味として最初に出せる金額は1万円程度という返事が返ってきます。今までいろいろ見ていますが、1万円では満足できる双眼鏡を見つけることはできません。さきほど述べた酷い双眼鏡の値段を聞くと1万円か、それ以下の機種です。そのため、せめて3万円まで出してとお願いしています。
 ということで、3万円台の双眼鏡を中心に覗かせてもらいました。しかし、残念ながら今回は、これっと言った機種を見つけ出すことができませんでした。今までは、3万円台ということでニコンのモナークのシリーズを薦めていたのですが、今回発表されたモナーク7は5万円台となってしまいました。3万円台の良い双眼鏡というのは、無い物ねだりなのでしょうか。
 そんな思いでうろうろしていたら日本野鳥の会千葉のS村さんに捕まり「トンボを観察する低倍率の双眼鏡はないか」と相談を受けました。要するに、移動の激しいトンボを観察するのには低い倍率で良いから広い視野の双眼鏡が欲しいということでした。ちょうど、気になっていた機種がありました。それは、阪神交易のブースにあったエクストラワイド900です。最初に一巡したときは、一人の若者が「凄い」と言って覗いているのは良いのですが、なかなか離してくれません。そのため、見るのをあきらめていた機種です。そのためもう一度、阪神交易のブースに行って覗かせてもらいました。
 この双眼鏡は、驚くほどの広い視野68.4度、倍率は4倍です。この性能は、スポーツ観戦用の仕様なのです。ですから、見るべきところは決まっているのでピント合わせがありません。ただ、数mから無限大まで合いました。二人で覗き「これでピント合わせがあって近くに来たトンボやチョウを見ることができたら買いなんだけどなあ」と意見が一致しました。
 これだけ多くのメーカーが顔をそろえても、担当者がバードウォッチャーなのは一人か二人です。営業や光学のベテランではあるかもしれませんが、自然観察や野鳥についての知識のある方は限られています。しかし、バードウォッチャーほど、双眼鏡をとことん使い、こだわる人たちはいないです。そのバードウォッチャーが認めれば、ほかの分野でも通用する機種になると思います。JBFは、バードウォッチャーと接するせっかくの機会なのですから意見を聞いて、より良い機種を開発して欲しいものです。

Birdfestival20122

2012年11月 3日 (土)

ジャパンバードフェスティバル2012

  千葉県我孫子市で開催されている「ジャパンバードフェスティバル2012」に行ってきました。今年で12回目、その前にバードカービングコンクールのみが行われていましたので13年間、皆勤しております。このイベントでは、審査員やらシンポジウム、トークショーと毎回なんらかのお座敷がかかっておりました。バードカービングコンクールが上野ですでに開催されてしまったこともあって、13年目にして始めて一般参加者としての来訪です。おかげで、じっくりとイベントを楽しむことができました。
 一廻りして感じたのは、例年にない多い人出です。午前10時に会場に到着したのですが、すでに光学メーカーの並んだテントの前はたくさんの人で賑わっていました。そこを通り抜けるだけでも苦労をするほどでした。飲食店のテントでは、昼前に長蛇の列ができるお店もあって繁盛しておりました。
Birdfestival2012

 ♪鳥くん+富士鷹なすびさんの「フェールどの今、マナーとモラルを考える」は、とても面白かったし考えさせられました。まず、会場にはこの問題に関心を持った顔なじみの方がたくさん。隣にはシバラボさん、後ろには葛西のN村さん、沖縄から来たK高さんまでおりました。それだけ、関心の高いテーマということになります。
 ♪鳥くんの軽妙な話し方と富士鷹さんの即興のイラストで進行していきます。♪鳥くんが今まで見たトンデモさんやトンデモ事件の数々、実際と写真を元にした報告は説得力がありました。このトンデモさんたちの行動パターンの分析がまた面白く、今度珍鳥が出て人が集まったら行ってみたいと思うほどです。珍鳥ポイントほど、人間観察に適した場面はないかもしれません。
 また、珍鳥に人が集まるのは仕方の無いこと、人が集まることを前提にどうしたら良いか考えようという姿勢は、人を集めない方法を考えていただけに新鮮に思えました。人がたくさん集まれば抑止力が働いてマナーが守られる、人が耐えずいることでたとえばサンコウチョウがカラスに襲われることがなくなり巣立率が高まるかもという指摘もありました。それと、関西ではマナー違反をすれば怒鳴られるけれど、関東では怒る人がいないというのも思わぬ指摘でした。確かに、関東の人のほうができたら諍いを避けたい、仕方ないと黙っているシーンが多いように思います。少なくとも、私もその一人です。ケンカしてでも、マナーを守らせようというほどの意欲はないと思われてもしかたないですね。
 ただ、開会時間が12時からの1時間、長蛇の列に並んだら間に合わない時間となりました。イベントのゴールデンタイムにプログラムが組めなかったのは、ちょっと残念でした。
 つぎに「ぜひ聞きに来てください」と整理券を渡させた斎藤武馬さんの講演は午後1時からでしたので、かなり慌ただしい昼となりました。しかし、こちらも中身の濃い講演でした。テーマは「日本産コマドリの亜種の謎をDNA から探る」です。コマドリの亜種、タネコマドリの検討です。初めて知ったのですが、タネコマドリのタネは種子島で最初、捕獲されたからでした。また、種子島にはコマドリはいないので、これは屋久島産のようで、かつてはヤクシマコマドリ、シチトウコマドリの亜種が提案されたこともあったとのことです。本題は、屋久島にいるとされているタネコマドリは胸にコマドリと同じように黒い模様があり、DNAからも本州などのコマドリと同じタイプであり、亜種と言えないというものです。また、近似種アカヒゲとのDNAの比較から、それぞれが分化した時代が100万年単位で説明できるというお話でした。
 亜種コマドリのさえずりは比較的単純です。それに対しアカヒゲはバリエーションに富んでいます。三宅島の亜種タネコマドリは、亜種コマドリのような鳴き方もありますが、ときどきアカヒゲのような複雑な節が入ります。今まさに、種として分化していく途中なのかもしれません。もちろん、あと100万年はかかりますが。ところで、屋久島のコマドリはどんな声で鳴くのでしょうか。

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