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2014年3月29日 (土)

宇田川龍男先生のこと

 私が高校生のときに初めて買った鳥の図鑑は、宇田川竜男・著『原色野鳥ハンドブック』(1957年・誠文堂新光社)でした。神保町の古書店で購入したもので360円だったと記憶しています。小遣いが1月500円の時代でしたから、清水の舞台から飛び降りた感じの買い物でした。これが、宇田川先生とのご縁の始まりです。
 その宇田川先生の写真コレクションが発見されました。当ブログとリンクを張っている「花鳥茶屋」のkochanさんが、なんとインターネットオークションで1,000枚のモノクロ写真を入手。最初は、コレクションの主が不明でしたが、バードフォトアーカイブの塚本洋三さんの推理と調査によって宇田川先生のものと解明されました。私の蔵書となっている『原色野鳥ハンドブック』の大扉の写真が、このコレクションに入っていたことも解明の一助になりました。そのあたりのいきさつは、ドキュメントタッチで塚本さんが書かれているので、こちらのURLへ。
  http://www.bird-photo.co.jp/2_day.html
「宇田川龍男の写真資料発見されるの記」をご覧ください。
 宇田川先生のことを調べようと検索したら、日本鳥学会の雑誌『鳥』に掲載された論文タイトルが出てきました。
1.鳥, 10(46)14 - 15 10巻46号「埼玉県下に渡来せる2種の珍鳥」宇田川育男 (1938)
2.鳥, 11(55) 595 - 614 11巻55号 「南支那広東市の Avifauna」宇田川竜男 (1943)
3.鳥, 12(59) 267 - 268 12巻59号 「本邦産シラコバトについて(英文)」宇田川龍男 (1949)
 名前にご注目ください。育男→竜男→龍男となっています。育男は、別人の可能性も考えたのですが、埼玉県越谷のカモ場に出入りしていたこともあるので、ご本人で間違いないでしょう。なお、それ以降の論文では龍男になっています。
 そうなると、宇田川育男を竜男、龍男と変えたことになります。当時、宇田川先生が在職していた農林省鳥獣調査室の同僚の石澤慈鳥が改名に懲り、ご自身は建夫→慈鳥、下村兼二→兼史と変えている一連の流れのなかにいらしたことになります。
 さて、宇田川先生の娘さんが私の大学の後輩であることもご縁の一つです。今回のコレクション発見の件で、彼女とも42年ぶりに連絡がとれました。さっそく、この改名の件をおたずねすると、なんと本名は”辰男”。それが途中で戸籍上も正式に”龍男”になり、日常的に使っていたのは”竜男”だったとのことでした。そのため、表札や著書もすべて”竜男”。私が買った『原色野鳥ハンドブック』の著者名も竜男になっています。面白いのは、恩師の先生が「そのような略語を使う事に激怒されました。そのせいか、父は先生が我が家を訪問される時には表札の『竜男』の部分に“紙を貼っておけ”と母や 私達子供に言いつけていました。何と見え見え・・・今だと笑えます。」と、エピソードを披露していただきました。
 となると、育男は誤植となります。”竜”と”育”、雰囲気が似ている漢字です。当時は、鉛の活字を1字1字職人さんが拾って原版を作るという作業を行っていました。一度、活字を組まれてしまうと気がつきにくい上に、原稿は手書きなのですからなおさらでした。そのため、こうした誤植が多かったのですね。私の唯一、雑誌『鳥』に掲載されている論文も”道雄”と誤植されています。私は、改名しておりませんので念のため。
 宇田川先生とは、サハリンへ行ったこと、今では珍しいアナログの気圧計を戴いたことなどを思い出します。先生とのご縁、またご披露する機会があればと思います。

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