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2014年9月

2014年9月29日 (月)

カケス来訪-六義園

 朝、窓を開けると遠くでかすかにカケスの声が聞こえてました。開園を待って六義園へ行くと間違いなくカケスの姿を確認、録音もできました。まだ、ツクツクボウシの声のなかでのカケス、夏と秋が交代していく音となりました。
  PCM-D100で録音。少しボリュームをアップ、1,500Hz以下のノイズを軽減、ノイズリダクションをかけています。



 六義園では、カケスはどちらかというと少ない鳥です。記録はあるものの数年に1回程度の出現です。また、秋の初認は10月に入ってからです。今日はまだ9月ですから、私の記録ではもっとも早い記録となりました。

2014年9月28日 (日)

モズを録る-日光市内

 週末は、久しぶりの日光です。きすげ平と戦場ヶ原は、このシーズンはぜひとも押させておきたい場所です。どちらも気持ちの良い天気のなか、バードウォッチングを楽しむことができました。
 ところで、このシーズンの音として押さえておきたいのは、モズの高鳴きです。大きな声でよく鳴いているように思うのですが、これが意外と難題です。モズは、突然鳴き始めるので、あたふたしていると鳴きやんでしまうのです。また、モズは警戒心が強いので近づくのが難しく、開けた所にいるので人工的なノイズを拾いやすいという難点があります。
 今回は、モズの声が聞こえた市内の空き地で、タイマー録音を仕掛けてみました。空き地を見回すと、モズがとまりそうなこんもりとした草むらがいくつかあります。それに、近くに電線も通っています。このあたりにモズがとまって鳴くだろうと、これらのポイントに向けて録音機を置きました。タイマー設定は、ここ数日の日の出が午前5時30分前後ですから5時~7時としました。2日目は、場所を変えて置いて見ました。
 録音機は2台。合計8時間の録音時間です。ざっと、聞いてみたところ、3台で捉えていました。1日目も2日目も、鳴き始めたのは日の出の時間の5時30分前後で、そのあとも2、3回は鳴いてくれました。まずは、成功でした。
 YAMAHA W24で録音。3,000Hz以下のノイズを軽減。多少、ボリュームをアップ。ノイズリダクションをかけています。

2014年9月25日 (木)

雑誌『動物文学』廃刊

 私の読書遍歴は、『定本野鳥記』に出会うまで紆余曲折がありました。小学生時代に岩波少年少女文庫の『不思議の国のアリス』を読み、いろいろな生き物と話すアリスをうらやましくて自分も生き物と話たいと思いました。そのため、生き物と話す『ドリトル先生航海記』『たのしい川辺』(始め読んだときは『ヒキガエルの冒険』だった)、『クマのプーさん』などを読みました。しかし、これらはフィクションです。
 そして、アフリカの自然のなかでライオンを飼う『野生のエルザ』に出会います。これは、ノンフィクションで実際の話です。合わせて、カバやアライグマを飼う話など、読みまくります。あとでわかったことですが、この頃に動物文学ブームが起こっていたことになります。そして、ノンフィクションであり日本の話である中西悟堂の『定本野鳥記』に出会い、野鳥へ傾倒していきます。いわば、動物文学がおとぎ話から橋渡しをしてくれたことになります。
 ところが本日、とても悲しいお知らせをもらいました。雑誌『動物文学』の廃刊のお手紙です。
Doubutubungaku140925
 ついこの間、「創刊八十周年特別記念号」を送っていただいたばかり、まだこれからも発展を期待していたところです。個人的には『動物文学』にカラスに襲われた話を書き、それがきっかけで拙著『カラスはなぜ東京が好きなのか』の執筆につながりました。私の著書のなかで、もっとも気に入っているのがこの本。もし、この雑誌がなければ、埋もれてしまったかもしれない企画です。
 正直、活版印刷の雑誌でWebサイトもない組織が存続するのは、難しい時代になったのかもしれません。
 生き生きとした動物たちの話を伝えるジャンルである動物文学。少年少女たちが、胸躍らせて生き物や自然に興味を持ってもらうきっかけが、これ以上なくならないことをせつに祈るばかりです。
 動物文学会を支えてきた平岩家の皆さん。お疲れ様でした。また、ありがとうございました。

2014年9月24日 (水)

特集は古書-『野鳥』誌9/10月号

 今月の日本野鳥の会の雑誌『野鳥』の特集は、古書です。
 古書には、野鳥業界の財産ともいえる知識と経験といった情報が、秘められています。ネットでは得られない情報が書籍にはたくさんあることを知ってもらいたいと思って、私が執筆と蔵書の提供をいたしました。これは、かねてから編集担当のK島さんの温めていた企画で、美しい本で誌面を飾りたいという希望にそったものです。
 たしか初めてお会いしたときから企画を打ち明けられて何度か打ち合わせをして、やっと実現した企画です。思い起こせば、2年越しになるでしょうか。それだけに、力のこもった内容で構成もレイアウトもとてもきれいにできました。と自画自賛しております。
 日本野鳥の会の会員の皆さん、ぜひご高覧いただければ幸いです。
Yachomagazine140824

 ただ、こういう企画をすると仲間から「おかげで古書の値段が上がる」と言われたことがあります。まあ、それくらいの影響力があれば、良いのですが。

2014年9月23日 (火)

今日のふなばし三番瀬海浜公園ーミユビシギ

 先日、人だかりがしていたヨーロッパトウネンは、トウネンのウワサが流れて人気なし。今日、人が集まっていたのはハシブトアジサシでした。50人ほどの人垣ができていたました。
 私がはじめてハシブトアジサシを見たのは、1970年10日6日ですから45年ぶりに再会です。たしか日本初記録だったと思います。場所は、当時オリエンタルランドと呼んでいた埋め立て地で、現在の東京ディズニーランドのあるところでした。このハシブトアジサシは、冬羽な上に遠くを飛ぶだけで識別には苦労しました。確認できたのは高野伸二さんとごいっしょできたからで、とても私一人では無理な状況でした。フィールドノートには、私も含めて9名の名前が書かれています。当時としては、これもでかなりの人出であったことになります。
 さて、ハシブトアジサシは鳴くこともないだろうと、ミユビシギと遊びました。波といっしょに声を録ろうと、干潟にしゃがんでいるとどんどん近づいて来るのには驚きました。

Sanderling140923

 ヒタヒタという足音が録れていないかと思ったのですが、さすがこれは無理。鳴き合う声のみでした。PCM-D100で録音、ボリュームの増幅、2,000Hz以下のノイズの軽減、ノイズリダクションをかけています。

2014年9月22日 (月)

サンコウチョウが渡っていく

 都内の公園を歩いて見ました。この公園では、このところ渡り途中の夏鳥が見つかっています。キヤノンの7Dを持って、久しぶりに写真撮影モードでの探索です。
 夏鳥を見つけるためには、まずシジュウカラの群れを見つけるのがポイントでした。とにかく、シジュウカラの群れに出会うまで、まったく鳥はいません。しかし、シジュウカラの数羽の群れを見つけると、いっしょにコゲラとヤマガラ、そしてメジロが行動しているのがわかりました。さらに、ヒヨドリの幼鳥1羽もいました。ときどき、シジュウカラの「ツッピン」が聞こえる程度で、静かに森の中を移動していきます。
 これらの鳥が木々の間を渡っていくのを見ていると、翻るように飛ぶ鳥がいました。大きさはヒヨドリくらい。ヒヨドリは木のなかを飛ぶときは、直線的に飛行することが多いのですが、この鳥はクルッと枝にとまりました。ヒタキ類特有の動きです。よく見るとサンコウチョウでした。ただ、尾は短く褐色をしていて、目の周りのコバルト色も目立ちません。今年生まれの雌の幼鳥だと思います。
Paradiseflycatcher140922
 この後は、オオルリとキビタキの雌、ツツドリも見つけました。
 昨夜のニュースは、奥日光では初氷と初霜を伝えていました。寒さに追われて、夏鳥たちの山から下りてきた感じです。

2014年9月21日 (日)

干潟はもう秋-谷津干潟

 本日は、あまりにも天気が良いので谷津干潟へ。午前10時に到着すると、ちょうど良い潮加減です。
 潮が引き始めたばかりで、遊歩道の下に干潟が顔を出していました。そこへトウネンの群れがやって来てくれました。近いので、トウネンを真上から見て背中を見ることができます。周辺には、メダイチドリ、キリアイ、コチドリ、ハマシギ、ソリハシシギなども集まってきました。
 ダイゼンの鳴き声が響き渡り、コガモの群れが飛び交い、干潟は秋の風情に包まれていました。
 その後、谷津干潟自然観察センターの干潟茶屋にてアサリ塩ラーメンで昼食。さっぱりした塩味に海苔とバターの香りが食欲をそそるラーメンでした。
 空は秋の雲でいっぱい、センターからの写真です。
Yatsuhigata140921
 季節が移っていくのを実感する一日でした。

2014年9月18日 (木)

レコードを聞く-『鶯の啼声 名鳥「寿」』

 いろいろ悩んだ結果、やっとレコードプレイヤーを購入いたしました。stantonのT.92USBです。78回転も再生できてUSBでコンピュータにデータを送れ、そこそこのメーカーという条件を満たしている機種です。stantonは聞き慣れない名前ですが、録音機でお馴染みのコルグ社のブランドです。ちなみに、アマゾンで33,985円でした。
 さっそく、SPレコード、ソノシート、LPレコードを聞いてみました。さすがに、SPレコードやソノシートは、クラッチノイズが気になりますが、LPレコードの音の素晴らしさに唖然といたしました。鳥の声も音楽も、CDとは違った迫力があります。
 まずはいちばん聞いてみたかったのは、日本で最初の日本の鳥のレコード『鶯の啼声 名鳥「寿」』です。以前、記事にしていますのでご覧ください。
 http://syrinxmm.cocolog-nifty.com/syrinx/2014/02/post-9631.html
  レコードを聞く限り、飼われているウグイスのさえずりが収録されているものと思われます。音は野外特有のノイズが聞こえませんので、静かな屋内で録音した感じがします。飼い鳥のウグイスには、いろいろな鳴かせ方があって、自然の鳴き方とは違うものが珍重されました。そのような、声が収録されていたら面白いと思ったのですが、ノーマルなウグイスのさえずりでした。それが、ただ鳴いているだけです。片面3分30秒、もう片面 3分24秒(A面B面の表示なし)、1,2回谷渡りが入りますが、それ以外ひたすらさえずっています。
  今となっては著作権がどこにあるのか不明で、承諾の取りようがありません。権利を侵害しない程度の一部引用ということでアップいたします。

2014年9月14日 (日)

ふなばし三番瀬海浜公園

 本日は、千葉県船橋市にあるふなばし三番瀬海浜公園へ。
 午前10時に到着すると50人ほどの集団に遭遇、話かけたら日本野鳥の会富士裾野支部の方々でした。干潟は、まだ満ちていて、シギやチドリの影もありません。
 波打ち際にトウネンが1羽いて、これが警戒心のない個体でしたので、カメラに囲まれていました。しかし、あとでヨーロッパトウネンのウワサがあったので、よく見ると初列風切羽が尾羽より長いというヨーロッパトウネンの特徴がありました。
 これを教えてくれたのが、柚木さんの偲ぶ会でお会いしたS津さんでした。S津さんからは、1975年に行われた蒲谷鶴彦先生主催の三宅島の録音ツアーでアルバイトで同行、そのときの貴重な写真を見せていただいたことがあります。その記事は下記URLです。
 http://syrinxmm.cocolog-nifty.com/syrinx/2011/11/-1975-453c.html
 しかし、なかなか潮が引きません。ヒマなので、東側の堤防に行くと、ここにも1集団がいました。中野泰敬さん率いるワイバードのツアーの方々でした。今日は鳥よりも人との出会いが多いですね。
 12時頃になって、やっと干潟が顔を出し始めました。しかし、肝心の鳥がやってこないです。かろうじてやって来たのは、オオソリハシシギが4羽、キアシシギ1羽、ダイゼンが10数羽、ハマシギ1羽、ソリハシシギ数羽といったところです。ミヤコドリは、10数羽の群れが沖合を飛んで行き、干潟には下りないで姿を消してしまいました。今は秋の渡りの最盛期のはずなのですが、寂しい限りです。
 おかげで、いろいろな方と旧交を温めたり、貴重なお話しを聞けたりして、秋の日を一杯に浴びることができた一日でした。
 潮が引かないので、海の大きさがわかります。
Sanbanze1409141

2014年9月10日 (水)

『朝の小鳥』10月放送分、スタジオ収録-話はデング熱

   今日は、文化放送にて『朝の小鳥』の10月放送分のスタジオ収録でした。10月は、東京湾で録音したシギ・チドリたちです。シロチドリは、幕張の浜で録音したもので、今回はじめて取り上げます。ダイゼンとミヤコドリは三番瀬。チュウシャクシギは谷津干潟で録音したもので、いずれも新しい音源です。どうぞお楽しみください。
 収録の後に、今話題のデング熱の話になりました。ディレクターのS木さんのお住まいは、代々木公園のそば。通勤でもイヌの散歩でも、代々木公園を通っています。ニュースで代々木公園の鉄扉の外に自転車が運び出されていているシーンがありましたが、なんとS木さんの自転車もあのなかにあったのです。もちろん、代々木公園で蚊には何度も刺されています。
 私にとっては、昨日はたいへんめでたい日となります。私もNHKに行くときに代々木公園を抜けていきます。松田輝雄元アナウンサーに教えてもらった道です。ちょうど、デング熱を最初に発症した若者たちが蚊に刺されたところで、私も刺されました。蚊の種類は不明ですが、8月26日のこと。昨日は、デング熱のもっとも長い潜伏期である15日をクリアした記念すべき日となったのです。
 もちろん、大丈夫だと思っていました。何しろ、NHKの社員だけで千人単位の人があそこを往復しています。1ヶ月とすれば10万単位となり、かなりの人が蚊に刺されるはずです。それでNHKの社員で発症したのはたった2人、何万分の1の確率となります。また、S木さんのように地元の人がたくさん公園を利用しています。その人数も1日万単位となりますから、さらに確率は低い数字となります。
 デング熱の報道も見るにつけ、自然や生き物の理解が本当に欠如している内容が多くて気になりました。たとえば、蚊の行動範囲が50mから100mというのはどこから出てきた数字なのでしょうか。蚊が、上昇気流で舞い上がって数千m上空でアマツバメに食べられるということもあると思います。風に乗ったら、限りはないでしょう。
 薬剤の散布も気になります。蚊だけ効く薬はありえませんので、クモやトンボと言った他の昆虫も被害を受けるでしょう。こうした天敵がいなくなったら、なおさら蚊が増えてしまう懸念があります。自然のなかには、蚊依存の生き物たちがたくさんいて、それで生態系が回っている部分もあることを理解しているのでしょうか。
 自然のなかに入ったら蚊には刺されるもの、刺されることを前提にして活動すべきでし、覚悟すべきだと思います。ですから、自然に癒やしを求めるのはどうかと思いますし、自然のなかに入るときはそれなりの緊張感を持つべきだと思っています。デング熱を機会に、本来あるべき自然とのつきあい方を学ぶチャンスにならないものでしょうか。
2014年10月放送内容
10月5日 シロチドリ
  12日  ダイゼン
  19日 チュウシャクシギ
  26日 ミヤコドリ

2014年9月 4日 (木)

レコード『富山の小鳥たち』と藤原正信さん

 ネットオークションで、鳥のレコードやCDを見つけては落としています。先日、アップされていたのは『富山の小鳥たち-1- 森にうたう』と『富山の小鳥たち-2- 山にうたう』でした。アップされているジャケットの写真には、企画:富山県・富山県野鳥保護の会の名前が見えますが、未知のレコードでした。幸いにして誰も入札に参加しなかったので、送料と送金手数料と同じくらいの金額で落とすことができました。
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 商品が届いてよく見ると「企画制作:富山県、富山県野鳥保護の会、ナレーション:藤原正信、デザイン:松倉雅子」となっていました。もしかして、この藤原正信さんは、NHK解説員の藤原正信さんではないかと思いました。
 藤原さんは、NHKテレビの午後の番組「スタジオパーク」でよく自然や鳥を解説していたので、ご存知の方も多いと思います。私は、NHK・BSの『野鳥百景』という番組で2年間100本を監修する仕事でお世話になりました。その後も生中継、ラジオの土曜ジャーナルなどで、何度もごいっしょに仕事をいたしました。
 藤原さんから元はアナウンサーだったと聞いたことがあり、自然番組に関わりにある方ですから、鳥のレコードのナレーションを担当した可能性があります。ところが、藤原さんに確認しようと思ったですが、藤原さんは去年NHKを定年退職、NHKのアドレスでメールを出したところ、戻ってきてしまいました。
 そこで、藤原さんが山階賞の選考委員をやっていたのを思いだし、ちょうど国際鳥類学会で会えた山階鳥類研究所のH岡さんに「もし、藤原さんの連絡先がわかったら、私宛に連絡をいただけるようにお願いして・・・」とお願い。幸いなことに、すぐに連絡をいただけました。さっそく、レコードのナレーションが藤原さんご本人かおたずねしました。
 なんと、ご本人で間違いないとのこと。かなり難題だと思っていたことが、見事に解決しました。H岡さん、ありがとうございます。
 藤原さんによると、NHK富山放送局でアナウンサーとして勤務していた時の仕事で間違いないとのことでした。時代は、1971~1974年の間、富山県野鳥保護の会の松岸得之助さんが協力して、制作したものだそうです。藤原さんは、この富山に在職中に自然に興味を持ち、その後自然番組と関わりが深くなったとのことで、人生のターニングポイントのひとつがこのレコードかもしれないと、思い出話とともに教えていただきました。
 しかし、お手元にはこのレコードはなく、ご自身の23歳頃の声を聞いてみたいとのことでした。しかし、私はレコードプレーヤーを持ていません。私も聞いてみたいので、これを機会に購入する算段にかかっています。USBでコンピュータとつなげられ、78回転も聞ける名の知れたオーディオメーカー製を探しているのですが、思うような機種がなかなかありません。現状では、USB接続をあきらめつつあります。
 ところで、私の髪型は藤原さんと同じです。正直に言います。藤原さんがあまりにもかっこ良かったので真似しました。

2014年9月 2日 (火)

幻の雑誌『四季と自然』

 昨日は、日本野鳥の会の理事懇談会で午後1時から8時まで、みっちりと打ち合わせでした。
 少し早めに行って、気になっていることを調べました。日本野鳥の会は今年80周年です。そのため、歴史に興味を持って調べています。ポイントは、戦後にどのように復活していったのかです。戦後間もない頃の記録は、意外と少ないのです。私自身、終戦後5年目に生まれています。両親からは、戦後5年でも食べるのにたいへんだった話をたくさん聞いてます。しかし、日本野鳥の会の活動は、戦後1年目で始まっているのです。今の時代ならば理解できますが、野鳥は食べるもの、飼うものという風潮が蔓延する時代に、食べるものにも苦労する時代に野鳥を観察する趣味を継続した先人がいたのです。今の日本野鳥の会や私があるのは、彼らのおかげだと思っています。今ならまだ間に合うつもりで、資料を収集しているのです。
 終戦直後、『野鳥』誌の発行の前に幻の雑誌があったのをご存知でしょうか。幻の雑誌のタイトルは『自然と四季』です。第1号は昭和21年5月25日発行となっていますから、終戦後、わずか9ヶ月で発行されたことになります。準備があるはずですから、戦争が終わっら待ってましたとばかりに作業が始まったと言っても過言ではないでしょう。
 『四季と自然』の表紙です。中西悟堂編集と銘打っています。

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  『自然と四季』は、隔月に発行し『野鳥』誌を季刊で、4、7、10、1月に発行する予定でスタートします。創刊号の判型はA5版とやや大きく、創刊号は24ページです。当時のことですから紙質は悪く、日本野鳥の会の蔵書もそっと開かないとやぶれそうです。
 しかし、『自然と四季』は、創刊号のあとは2、3号、4、5号を合併号として発行し、わずか1年で取りやめとなり『野鳥』を隔月で発行することになります。当然といえば、当然のことなのですが、日本野鳥の会の雑誌のタイトルは『野鳥』以外、考えられません。
 戦後の『野鳥』誌は、昭和22年(1947年)より、発行されます。トップページを飾るのは内田清之介博士の『野鳥の再発足に際して』の巻頭言です。後記には、中西悟堂から今後は『野鳥』で行くと書かれています。
 ほぼ同時の昭和22年(1947年)4月に、東京支部が発足します。なんと東京支部は、戦前にはなかったです。東京支部の発足には、紆余曲折があったと聞いています。悟堂は、お膝元の東京に組織ができて会が割れるのを恐れたようなのです。そのため、支部長を悟堂にすることで、創立にこぎつけます。さらに、文化人尊重の傾向のあるなかで、科学的な研究をしたい若者たちが中心となって、研究部を作ります。東京支部は、翌年の1948年に『AVES』という会報を発行することから活動が始まります。ガリ刷りなのですが、内容は学会誌のような構成です。これも幻の会報です。これには、高野伸二、蒲谷鶴彦、浦本昌紀、岡田泰明、中坪禮治、宇田川龍男といった昭和に名を残す面々が、幹事をやったり原稿を書いたりしてもり立てます。
 この当時、連絡が取れた会員は、数10名とも100余名とも伝えられています。そのなかで、いったい経済的な問題をどのように解決していたのでしょうか。喰うわ喰わずのなかで夢も求めて当時の若者たちが、活動していたことが想像できます。
 この体質が今も変わらないのは、良いのか悪いのか。

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