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2019年10月27日 (日)

日光の鳥の古記録-ライチョウ

 『日光の植物と動物』(1936)の中の岸田久吉が書いた「日光の鳥類」は、小林重三の3枚のカラープレートを入れて40ページにもおよぶ長文です。
 それだけに、今では考えられないような記録が散見します。昭和初期の情報と知識、鳥業界の実情を知ることもできます。黎明期の記述のための誤記録して処理してしまうのはあまりにも惜しい記録です。なぜ間違えたのか、同定したのか考えるいろいろなことがわかってきそうです。
 そのなかでも、珍記録ベスト3は、ライチョウ、ヤマゲラ、シマエナガです。いったいどのようないきさつで観察され記述されたのか、追ってみました。
 ライチョウは、栃木県保安課の影山關丸氏の談として「赤薙山に以前確かに居たとのこと」と書かれています。また、黒田長禮(1927)の記事によると「大正1年または2年(1912、1913の頃、河内郡篠井の山で1羽捕らえられた」と伝えらていると言います。
 赤薙山は、日光連山のひとつ。標高2,010mです。黒田の篠井の山は、現在の河内郡には篠井の地名は見当たらず、日光に近いところに篠井の地名がありますが山らしい山は見当たりません。出典は「科学畫報」という雑誌でした。国立国会図書館ではデジタル化されていましたが、ネット公開はされていませんでした。

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 現在の小丸山からの赤薙山の展望です。いちばん高い所が頂上です。今の頂上付近は、ほんとんどが木に覆われていて草地はササ原となっています。
 ほかに記録はないか探してみたところ『栃木県産鳥類目録』(日本野鳥の会栃木県支部・1981)に、日光ではないものの「1946年以前にのみ記録された鳥類」のなかに、ライチョウがあり、1935年の那須岳の三斗小屋付近、年月日不明で1953年発表の那須岳で1羽、1948年に那須岳で3羽の記録が載っていました。ただ、標高が低いので疑わしいと解説されていました。
 岸田の記録は季節は不明なものの『栃木県産鳥類目録』の記録は、いずれも夏ですので、夏羽の季節です。そのため、ヤマドリなどのキジ類の雌や幼鳥などとの誤認が考えられます。また、三斗小屋は森のなかの温泉宿ですのでライチョウがいるような環境とは思えません。赤薙山も、頂上まで樹木に覆われていますので、ライチョウの生息環境とは思えず、やはりほかのキジ類の誤認かなと思います。
 あと、標高が高くても富士山にライチョウが居ない理由と同じで、那須岳は、60万年前からできはじめ、いまだ噴煙があがっていますから、こちらも最近できた山です。氷河が去り、ライチョウがとり残された頃には山はなかったことになります。
 ただ、ライチョウの記録はときどき報告されます。それだけ、ライチョウに居て欲しいという気持ちがあるからでしょう。

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