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2020年3月28日 (土)

『鳥はなぜ鳴く?ホーホケキョの科学』-増刷御礼・その3

コウグイスがいた時代
  本州などに分布するウグイスの学名について、エピソードも紹介しておきます。
 本州などのウグイスに学名がつくのには、キットリッツから20年たった1850年に成立したシーボルトの『日本動物誌』まで、待たなくてはなりません。
 江戸後期、日本に来た医師のフィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト(1796~1866)がいます。シーボルトは、日本と交易のない国のドイツ人であるため、オランダ人と偽って入国します。現在で言えば、日本人が中国人と偽って北朝鮮に入国するようなものです。のちに、スパイの嫌疑をかけられ関係者は処刑され、シーボルト自身も追放されるという事件になります。
 しかし、シーボルトがもたらした近代医学の礎は、その後の日本の発展に大きく寄与したといえます。また、博物学にも造詣が深く、長崎に滞在した1823~1829年間に生物の標本を採集してはオランダに送ります。
 その集大成が『日本動物誌』と『日本植物誌』です。絵の黒い部分は石版刷り、色は職人の手で彩色されています。絵1枚で1種、解説文が別に印刷されています。これを一回に数種ずつ発行して、ですから、読者は完成してから製本して保存します。鳥編だけで1844~1850年の6年間、全体は1833年からで17年かかった大事業でした。実質的には、シーボルトの自費出版です。シーボルト家は、貴族階級でそれだけの資産があったことになります。
 また、動物の学名を整理して命名したのは、オランダのライデン博物館のコンラート・ヤコブ・テミンク(1778~1858)とヘルマン・シュレーゲル(1804~1884)です。2人は、シーボルトに雇われて関わりました。
 『日本動物誌』は、近代日本の生物学の礎とも言える書物ですが、日本には数セットしか現存していません。
 私は一度、『日本動物誌』のオリジナルが古書展に出品されると聞いて、見に行ったことがあります。さわることができないため、古書店に方にページをめくってもらいました。大きなことと100年以上たっているにも関わらず、退色することのない石版刷り手彩色の美しさに魅せられました。もはや書籍ではなく芸術品だと思いました。バブル後期でしたが、このときの値段が500万円。もちろん買えませんが、高級外車より安い値段に物の価値とは何なのだろうと思ったものです。
 また、昭和初期の1934~1937年に植物文献刊行会によって復刻された版を持っています。復刻版と言えども、私の蔵書のなかでもっとも高価な代金を払い入手した本となります。
 この『日本動物誌』の制作作業のなかで、トキにIbis nippon、後にNipponia nipponという学名がつけられました。また、前掲のアカヒゲとコマドリの学名の付け間違いも起きています。どうも、テミンクとシュレーゲルの仲があまりよくなく、連携が取れていなかったためという説もあります。
 現在のドイツは、ユーロ圏はもとより世界のリーダー的な存在です。GDP(国内総生産)でみると、ドイツは4位、オランダは18位と大きな差があります。ところが19世紀のオランダは、東南アジアを中心に植民地を持ち、イギリス、スペインなどと並ぶ列強国のひとつでした。それに対しドイツは、植民地政策で遅れをとり格下。また、日本と国交のないドイツの医師シーボルトが交易のあったオランダ人と偽って日本にきています。
 こうした当時の世界情勢のもとオランダ人のテミンクとシュレーゲル、そしてドイツ人のシーボルトの関係には軋轢があって、それが間違いにつながったのではと想像してしまいます。
 ところでいくら『日本動物誌』を見ても、ウグイスが載っていないのです。
 よく探すと、Salicaria cantillansSalicaria cantansという学名がついた鳥がどうもウグイスのようなのです。ウグイスの雄と雌の大きさが違うことから、雌雄を別の種類として命名していたのです。
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 Salicaria cantansとされているウグイスの雄
     
Bushwarbler
Salicaria cantillansとされているウグイスの雌   

 学名は、日本から送られてきた剥製を根拠に考えられました。剥製は、内臓を抜き取り防腐剤で処理しているか、塩漬けの状態です。魚を分類するのに干物を元に行っているようなものです。ですから、卵巣があるか精巣が残っているかなど雌雄を判断する材料はなかったことになります。ちなみに、オオルリも雄と雌で別種として記載されています。
  のちに雄の学名のcantansが、本州のウグイスの亜種名のとして採用され現在にいたります。ちなみにcantansは、「歌う」にちなんだラテン語です。学名をつけたテミンクは日本に来ていませんし、ウグイスの鳴き声を聞いたことはないはずです。シーボルトは、1830年に帰国し1859年に再来日しています。帰国中は、『日本動物誌』の制作に関わったはずで、日本で聞いたウグイスの声を思い出しながら学名をテミンクに提案したのかもしれません。(つづく)

 Philipp Franz von Siebold 1844~1850 Fauna Japonica.(シーボルトの『日本動物誌』は昭和9年(1934)に発行された植物文献刊行会のものを参考にしています)
福岡県立図書館では、シーボルトコレクションとして内容を公開しています。下記URLで閲覧できます。
http://www.lib.pref.fukuoka.jp/hp/gallery/001/dou_index.html

 

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