« 『鳥はなぜ鳴く?ホーホケキョの科学』-増刷御礼・その3 | トップページ | 『鳥はなぜ鳴く?ホーホケキョの科学』-増刷御礼・その5 »

2020年3月29日 (日)

『鳥はなぜ鳴く?ホーホケキョの科学』-増刷御礼・その4

 日本のウグイスが2種に分かれているのはおかしいと気が付いたのは、イギリスのヘンリー・シーボム(1832~1895)です。シーボムは、製鉄会社の社長でありながら鳥類学者として名前を残しています。著書の見返しに掲載されている肖像写真です。
220pxcoloured_figures_of_the_eggs_of_bri 
   1862年のイギリスの学会誌に「シーボムが間違いだと指摘している」と後述のブラキストンとプライヤーが書いています。のちにシーボムは『日本帝国の鳥』(H. Seebohm・1890)を著します。明治23年のことです。この本は、一般の書店に並んだ最初の”日本の鳥の本”となります。386ページも及ぶ大著で、381種が収録され、ところどころイラストも添えられています。
 この本では、ウグイスに相当するSalicaria cantillansはSmall Japanese Bush-Warbler、Salicaria cantansにはLarge Japanese Bush-Warblerとそれぞれ英名がつけられてますが、本文を読むと「日本人は、2種の存在を認めていない。」と書いています。
 ただ、シーボムはシベリアまで来たものの日本には来ていません。まえがきには、2,000体もの剥製を元に書いたとあり、剥製の提供者に謝辞を述べています。シーボムもテンミックらと同じように日本から送られてきた剥製を元に研究をしていたことになります。そのため、日本にいた仲間からの生の情報をえての判断ということになります。
 日本にいた仲間とは、イギリス人の軍人であり貿易商のトーマス・ライト・ブラキストン(1832~1891)と、同じくイギリス人で保険会社社員ヘンリー・ジェームス・ストーブン(ストヴィン)・プライヤー(1850~1888)です。2人とも、明治の初期に横浜と函館に在住して商売をします。仕事のかたわら、鳥のみならず昆虫も含めて研究をして論文を発表します。とくにブランキストンは、北海道と本州とでは生物相が異なり、津軽海峡に分布境界線があると示唆、のちにこれをブランキストン線と呼ぶようになり名を残します。
 実は、この2人によって1880年に書かれた "日本の鳥類目録" (Blakiston & Pryer・1880)が、日本の鳥の和名が書かれた最初の報告となります。この目録で、スズメはスズメとなり、カラスはハシブトガラスとハシブトガラスとなりました。ただし、和名はローマ字で表記され、ウグイスはUguhisuとなっています。
 日本は広く、それぞれの地方で独特の文化が発達している国でした。それだけに、方言も豊富で、鳥の名前も地方によってさまざまです。たとえば、ヒガラとコガラでは地方によっては逆なところもあります。
 彼らが日本全国を旅して地方名を採集して、そのなかから選んだというより彼らが拠点とした横浜と函館、関東地方と北海道の方言名を採用した可能性があります。
 もう一つの可能性として、415種の鳥の名前を50音順に並べた『鳥名便覧(ルビ:ちょうめいべんらん)』が1830年に江戸で刊行されています。筆者は薩摩藩の大名、島津重豪(1745~1833)です。蘭癖大名と言われていました。蘭癖とは、”西洋かぶれ”と言ったらよいでしょうか。鳥が好きで西洋の学問を学びました。当時、いろは順が多いなか50音順のリストも斬新なことであったと思います。
 ちなみに、『鳥名便覧』の巻末の序=跋を寄せている福岡藩主の黒田斉清は、シーボルトと面談し西洋の知識を取り入れようとした蘭癖仲間です。当時の大名同士、博物好きのネットワークがあったことになります。さらに、斉清の4代あとに日本鳥学会の会頭を勤めた長禮、そのご子息に長久がいます。鳥好き、生き物好きの家系と言えば家系なのですね。
 いずれにしても、ブランキストンとプライヤーが選んだ方言名は、その後の日本人によるリストでも多くが採用され現在の和名に至ります。
 ウグイスもいろいろな呼び名があったはずですが、そのなかからウグイスが採用されたことになります。こうして、日本の鳥の名前は今から100年ほど前に固定されました。
 なお、このリストでは「ウグイスは1種。小さい方は、雌である」と書かれています。二人は、横浜郊外や北海道で採集をしていますから、フィールド経験も豊富です。ウグイスを観察しての結論でしょう。(つづく)

Blakiston & Pryer 1880 Catalogue of the Birds of Japan. The Asiatic Society of Japan Vol.8. 172-241p.8 (1964年のYushodo Booksellers Ltd.Tokyo.による復刻を参考)
Seebohm H.  1890  The Birds of the Japanese Empire.  R.H.Porter.
『日本帝国の鳥』は
https://www.biodiversitylibrary.org/item/115889#page/7/mode/1up
で公開されています。
島津重豪 1830 鳥名便覧 (江戸科学古典叢書 44 「博物学短篇集 上」 1982 恒和出版より)

追記:園部浩一郎さんから、「日本の鳥の和名が書かれた最初の報告として1880年の”Catalogue of the Birds of Japan”(プラキストン&プライヤー)があげられていますが、両人による1978年のIbisの”Catalogue of the Birds of Japan”が最初です。(中略、ウグイスは)Herbivox cantans, T. & S. "Uguisu"と載っています。」とのご指摘をいただきました。
 プラキストン&プライヤーが、複数リストを発表しているのは記憶していましたが、検索して最初にでてきたリストを使用してしまいました。最初の和名の書かれたリストは、1978年となりますので、2年遡ることになります。訂正いたします。
 園部さん、ありがとうございました。


« 『鳥はなぜ鳴く?ホーホケキョの科学』-増刷御礼・その3 | トップページ | 『鳥はなぜ鳴く?ホーホケキョの科学』-増刷御礼・その5 »

考証」カテゴリの記事

コメント

美の壺 みました~
何気なく見てたら、いきなりドアップでお顔が写され、びっくりいたしました。
なんか素敵な感じでございました。

はらもと様
 TV、お目にとまり恐縮です。じつは、去年の今頃に放送されたもので、再放送です。
 あっと言う間に1年たったと実感してます。
 

そうだったんですね(汗)
当時は気が付いていませんでした。
わりと美の壺は毎週見ているつもりだったのですが・・・

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 『鳥はなぜ鳴く?ホーホケキョの科学』-増刷御礼・その3 | トップページ | 『鳥はなぜ鳴く?ホーホケキョの科学』-増刷御礼・その5 »

2020年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ