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2020年9月

2020年9月30日 (水)

キビタキのさえずり-日光

 昨日に引き続き、28日の早朝に設定したタイマー録音からです。
 キビタキのさえずりと言うか、つぶやくように鳴くさえずりです。
  YAMAHA W24で録音、ボリュームのアップ、3,000Hz以下のノイズの軽減をしています。

 30秒ほどの間に3声入るように編集していますが、実際は6分の間に7声鳴いているのをカットして間を詰めています。ですので、思い出したように鳴いている感じです。
 キビタキのさえずりには、いろいろなバリエーションがありますが、そのなかでもっとも寂しげに聞こえるパターンによく似ています。繁殖期の後期に聞かれる鳴き方です。
 時刻は5時32分です。この季節も早起きをすれば、いろいろな鳥が活動をしていて、鳴き声を聞くことができることがわかります。
 

2020年9月29日 (火)

アオバトのさえずり-日光

 このところ、ブログの更新が滞っています。心配してメールいただいた方もいて、恐縮です。この季節は音のネタが少ないときなので、ブログのネタにも困ります。加えてコロナ禍のなか、出かけるのもなんだかおっくうになってしまって、さらにネタがなくなっています。
 ということで、日光に行って来ました。とにかく雨続きの日光で、晴れるとの予報を信じての来訪です。
 考えてみると、この季節はどうせ鳴かないだろうと、タイマー録音を仕掛ける回数も少なく記録もあまりありません。ダメ元で、いつもの雑木林に仕掛けてみました。
 タイマー設定は、午前4時30分から7時30分までの3時間。3台の録音機を仕掛けておきました。なんと思わぬ拾いものがありました。
 まずは、アオバトのさえずりです。TASCAM DR-05で録音、600Hz以下のノイズの軽減、ボリュームのアップ、ノイズリダクションをかけています。 

 アオバトは、5時36分頃に鳴いていました。
  夜の鳥はフクロウの雌が鳴いたのが4時56分、まだ暗い時刻です。昼の鳥はカケスが5時15分、ミソサザイの地鳴きが5時18分、不明の声が鳴いて、ついでアオバトでした。ハシブトガラスはこの後で、アオバトは早起きのほうでした。
 ただし、アオバトのさえずりはこの1回のみ。50m離れたところに置いた他の録音機には、より遠くで鳴くアオバトの声が同じ時刻に入っていましたので同じ声と判断しました。
 アオバトのさえずりは、私の録音記録を見ると5~6月に限られていて、それ以外に録音したことはありませんでした。ただ、文献記録では11月下旬の記録もあり、秋のさえずりは多くはないのものの散見します。
 日光では、冬にアオバトを見ることはなく移動してしまうものと思います。なわばりを守る意味もあまりないように思えますので、このさえずりの意味は何なのか。興味はつきません。

2020年9月26日 (土)

『まるい鳥』-ご紹介

 「写真集は売れないよ」と言ってしまった手前、紹介しないわけには行きません。
 いつも兵庫県の取材ではお世話になっている渡辺美郎さんが、写真集を出版され送っていただきました。

Book200926
 鳥の写真集は巷にあふれているし、プロはプロなりのグレードの高い写真、アマチュアはKindleなどで発表しているなかで、なかなか難しいという話をしたことがあります。
 しかし、送られてきた本を見て「やられた!」という感想です。
 表紙のオナガガモをご覧いただければわかりますが、鳥を正面から撮るとまん丸なのです。このようなまん丸鳥が20種類載っています。鳥をこうした角度で撮ると、まったく今まで感じたことのない魅力が伝わってくることに気が付きました。そして、なんとも癒やさせるのです。
 小さな本なのでプレゼントに最適、お世話になっている方にお送りしたら
「写真集で癒やされました」
「娘と歓声をあげながら拝見しました。」
「会社のデスクにおいて、疲れた時は、見て癒されたいと思います!」
「ふっくらふくらんでいる姿だと愛らしさが増しますね…!」
 などの感想をいただきました。
 皆さんも、まわるい鳥で癒やされてください。
 アマゾンで入手可能です。URLは下記です。
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%BE%E3%82%8B%E3%81%84%E9%B3%A5-Parade-Books-%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E7%BE%8E%E9%83%8E/dp/4434274627/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E3%81%BE%E3%82%8B%E3%81%84%E9%B3%A5&qid=1601093616&s=books&sr=1

2020年9月 9日 (水)

『朝の小鳥』スタジオ収録-10月は粟島

 新潟県の粟島には、6回取材に訪れています。そのうち、秋は1回だけです。そのときに収録した音源を『朝の小鳥』では使っていなかったことに気が付きました。けっこう埋もれた音源があるので、コロナ禍のなか取材が制限されているなかでも、なんとかなります。
 秋の粟島では、珍鳥に出会いましたが、鳴いてくれないのが悩みです。シラガホオジロが「チッ、チッ」と鳴くいてくれるだけでは、5分の番組が持たないというのが実感です。結果、当たり前の鳥たちの鳴き声になってしまいましたが、今こうして聞くと島の雰囲気を感じる音になっていました。

 本日もリモートでの参加でした。だんだん、リモートのスタジオ収録も板に付いてきました。

 放送時間が10月から変わります。5時10分からとなります。

2020年10月 放送予定
10月 4日  イソヒヨドリ
  11日  ウグイス
  18日  ヒヨドリ
  25日  ジョウビタキ

 

2020年9月 4日 (金)

若いツバメ-考証

 最近、若い人に「”若いツバメ”って知っている?」って聞いたら「幼鳥ですか」と言われました。ということで、若いツバメについて知っている人は知っていると思いますが、考証してみます。
 念のために意味は、年上の女性と付き合っている年下の男性でよろしいでしょうか。たとえば「あのバーテンは、ママの若いツバメだから」という感じに使います。ちょっと憧れる状況ではあります。
 江戸時代からある言葉かと思ったら、昭和時代になって流布した言葉であることがわかりました。それも、ちょっと日本野鳥の会に関係しているかもしれないということでの考証です。
 この若いツバメという言葉のきっかけになったのは、平塚らいちょうさんです。らいちょうさんは、鳥の名前が付いているので調べたことがあります。日本における女性の権利を主張した運動家です。今でも男女平等、同権を訴えるのはたいへんですが、戦前戦後にかけて主張されたのですから、弾圧や誹謗中傷に耐えての運動だったと思います。彼女の意志は戦後の女性運動に引き継がれ、市川房枝さんや神近美智子さん。近年でも土井たか子さんや福島瑞穂さんの活動に影響を与え続けていると思います。
 らいちょうさんは、1912年夏に5歳年下の画家志望の青年奥村博史さんと出会い、事実婚(夫婦別姓)を始めます。今は、同棲なんて当たり前でのことですが、加えて有名女性が年下の男性といっしょに暮らすということは、当時としてはとてもセンセーショナルなことで、文春があれば文春砲の餌食なるような事柄だったでしょう。
 男女のことですからいろいろあって、一度奥村さんと別れます。そのときの奥村さんの言葉が「若いツバメは活けの平和の為に飛び去っていく」で、ここから若いツバメが流行語になったと言われています。今で言えば、文春砲で狙い撃ちされて、その年の流行語大賞を受賞した感じでしょうか。
 ということで、中西悟堂さんの登場です。この件を調べるにあたり、私が住んでいる駒込や巣鴨にらいちょうさんが居住していたことと、悟堂さんが天台宗東部大学(のちの大正大学、現在の駒込学園の場所)であることから駒込つながりがあるかと思っての考証でした。どうも、お二人は駒込では会っていないようです。
 ただ、山下桐子さんの「中西悟堂と平塚らいてう」によると、1928年(昭和3) らいちょうさんと悟堂さんが玉川上水で初めて会ったと書かれ、それ以降のお付き合いです。らいちょうさん42才。悟堂さん33才のときで、日本野鳥の会の発足以前のこと。著書は小説や詩集などで、まだ鳥の本は出していません。昆虫のほうに興味があった頃と推測します。
 悟堂さんにしてみれば、10才近く年上のらいちょうさんは、業界の先輩として接していたことと思います。ちなみに、悟堂さんは40才の時に20才年下の八重子さんと結婚していますので、どちらかというと年下の女性のほうがよろしかったのではないかと推測いたします。
 今回、見つけたのは日本野鳥の会の第1回探鳥会と言われている須走探鳥会に、らいちょうさんの旦那、奥村さんが参加していたことです。私が一人で見つけて喜んでいたら悟堂研究家の西村眞一さんや安西英明さんは、すでにご存知のことでした。
 『野鳥と共に』(中西悟堂・1935)には「班に別れた。1班は柳田國男、荒木十畝、北原白秋、金田一京助、内田清之助、清棲幸保、奥村博史、金澤秀之助、杉村楚人冠、菅原恒覧、穂積忠の諸氏に、苔雲荘の三橋小一郎、瀧口俊次郎両氏が加わり、高田昂さんが付添った。もう1班には戸川秋骨、窪田空穂、中村星湖、半田良平、若山喜志子、猪川珹、松山資郎、内田清一郎、金田一春彦、柳田千枝子、柳田三千子、加来都、岡茂雄、松室重行」とあり、奥村さんは白秋さんといっしょの班です。
 探鳥会のあとは「北原氏と奥村氏とは旅烏になって伊豆の方へ」とあり、奥村さんは白秋さんと行動をともにしています。どうも、奥村さんは白秋さんに誘われて参加したようです。
  ここで不思議なのは、有名な探鳥会の集合写真に奥村さんが写っていないのです。写っていている人31名、班分けで名前が出てくる人(悟堂さんを入れて)29名と写っている人の方が2名多いのにかかわらず、奥村さんがいません。白秋さんが写っているのですから隣にいてもよいはずですがいません。奥村さんは、写真嫌いだったのかしれません。
 ちなみに参加したと言われているのに写真に写っていない竹野家立、古見一夫がいます。また、写真に写っていて参加名がないのは、高田兵太郎、高田重雄でガイド役の高田家の人たちです。
  「日本野鳥の会だけに若いツバメが来た」という会話があったどうかわかりませんが、資料を調べることでらいちょうさんから若いツバメ、日本野鳥の会の最初の探鳥会への話が広がる面白さを楽しみました。

参考Web
https://www.seijo.ac.jp/pdf/falit/174/174-03.pdf

参考文献
山下 桐子 2012 鳥のこぼれ話(その11)―の「こぼれ話」:中西悟堂と平塚らいてう 地中海歴史風土研究誌(36), 45-49

主な時系列
1886年(明治19) 平塚晴子(らいちょう)誕生
1889年(明治24) 奥村博(博史)誕生
1895年(明治28) 中西富嗣(悟堂)誕生
1911年(明治44) 『青鞜』の創刊にともないらいちょうのペンネームを使う。
1912年(大正1) らいちょうさんと奥村さんが出会う。事実婚を始める。
        らいちょうさんと奥村さんが別れる。奥村さんが若いツバメの言葉を使う。
1914年(大正3) らいちょうさんと奥村さんが再びいっしょに生活を始める。
1915年(大正4) 長女誕生。
1917年(大正6) 長男誕生。
1928年(昭和3) らいちょうさん(42才)と悟堂さん(33才)が玉川上水で初めて会う。
1934年(昭和9) 日本野鳥の会の創立に伴う須走探鳥会。奥村さん参加。
※らいちょうのペンネームも若いツバメの言葉も悟堂さんに出会う前のことでした。

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