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2021年1月24日 (日)

水原秋桜子のお墓-染井墓地

  以前、三重県の神島にサシバの渡りを見に行ったとき、吟行のグループに出会いました。松尾芭蕉の「鷹ひとつ 見つけてうれし 伊良湖岬」をちなんで「タカ渡る」を詠みに来ていたのです。この頃は、バードウォッチャーより俳句を詠む人のほうが多かった時代です。私たちが鳥に詳しいと知って「あの飛んでいるのがタカですか?」と聞かれました。「いえ、あれはトビですので渡りません」しばらくしてサシバが飛んできたので「あれがタカです」と教えてあげたら、皆さんほっとされていたのを覚えています。
 もし、私たちがいなかったらトビでタカ渡るという俳句を詠んでしまったことになります。だからといって大勢に影響はないとは思いますが、ここはこだわって欲しいところです。
 染井墓地には有名人のお墓があります。そのひとつに、水原秋桜子のお墓もあります。
 ちょうど、入口から入って中央の道を行くと、すぐ左にある大きなお墓です。水原家とあり、左側に「水原秋桜子」と墓碑に書かれた単独の墓石が立っています。
Mizuhara1 Mizuhara2
  水原秋桜子と中西悟堂とは、縁のあることを知りました。
 楽古堂店主、木村成生さんのブログに出会いから当時の関係が書かれています。詳しく調べられ、読みごたえがあります。
  https://blog.goo.ne.jp/takanosu1736/e/1da8126a676da90fcc82b371b207e966
 ちょうど、日本野鳥の会の創立の頃、昭和の初期に2人は出会っています。また、この2人の出会いには山谷春潮も関係して、科学的に正しい野鳥の俳句を詠むネットワークができたことになります。
 山谷春潮は、鳥の本も出していた日新書院の社長、俳句を秋桜子、悟堂に野鳥を教わり、のちに科学的に鳥の季語を整理した『野鳥歳時記』(1955・中央公論社、この他、富山房、角川書店版がある)を出版しています。ちなみに脚本家の倉本聰の父親です。
 秋桜子は、神島であった吟行の人たちと同じように、鳥をしっかりと見て間違いのないように俳句を詠みたいと思った一人、その後の現代俳句に大きな影響を与えたことになります。
 秋桜子さんのお墓に手を合わせ、日本野鳥の会の存在理由のひとつがこうした科学的に正しい芸術の普及というところにあったことを改めて思い出しました。

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