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2022年12月

2022年12月31日 (土)

大晦日に謎の声-六義園

 カミさんが六義園で変わった声がすると、教えてくれました。
 「さっきから鳴き続けている。」とのことで、午後1時30分頃にも鳴いていたが鳴き止み、今また3時に鳴きはじめたとのこと。さっそく録音してみました。
 タスカムDR-05Xで録音、ボリュームのアップ、2,000Hzのノイズの軽減、ヒスノイズリダクションをかけています。

 六義園から聞こえてきます。木の下の方からで、最初はネコ。それも子ネコのように聞こえました。
 録音は、20分間あります。この前後も鳴いていましたから30分はこの調子で鳴き続けていたことになります。また、2羽の声がかぶって聞こえるようなところもあり、2羽いるのかもしれません。
 ハシブトガラスとヒヨドリ、そして救急車両など騒音のなか。さらに距離のある録音です。
 音の高さは、3.000~4,000Hzにかけてあり、声紋は平仮名の”へ”字に似たパターンをしています。5,6声続けて鳴き、だんだん声が大きくなります。この声で間をあけては、繰り返していました。
 さて、何の声でしょう。
 いろいろ聞き比べてみたら、いちばん近いのがオオタカ、それも巣立ったばかりの雛の声でした。もしお手元に拙著作の『鳴き声ガイド日本の野鳥』(日本野鳥の会・発行)がありましたら、オオタカのトラックに収録されている声を聞いてみてください。
 声も似ているし、声紋パターンもよく似ています。
 ただし、『鳴き声ガイド日本の野鳥』に収録したオオタカの声は、8月に明治神宮で録音したものです。雛が巣立ったという情報をいただき録音に行きました。暑い時だったと記憶しています、このときも長い間、鳴き続けていましたので明治神宮という街の騒音の多い中でもなんとか録音できたことになります。
 ところで、今日は大晦日。12月にオオタカの雛が巣立った時と同じような声で鳴き続けるでしょうか。それとも似た声を出す別の鳥だったのか、今年最後の課題となりました。

2022年12月30日 (金)

1960年代のAudubon Magazine-アメリカの録音事情

 元日本野鳥の会職員の飯塚利一さんから、1960年代のAudubon Magazineに録音の記事が載っているけど、いるかのお申し出。二つ返事で、いただくことになりました。さっそく送ってきていただきました。
 1965年1/2月号、1965年5/6号の2冊です。Audubon Magazineは、アメリカの野鳥の会とも言える全米オーヂュボン協会の機関誌です。私は1960年当時、名前はおろか存在も知りませんでした。
 なんでも、初期バージョンの『山野の鳥』(1972)と『水辺の鳥』(1976)のイラストを描いた松井虎二郎さんの遺品整理を依頼され、その1部だそうです。Audubon Magazineは200冊あったといいますから、隔月刊の雑誌ですから戦後30年分くらいのバックナンバーでしょう。
 初心者だった私にとっては、松井さんは怖い東京支部の幹事というイメージが残っています。しかし、当時としては入手するのも難しい上に1ドル=400円の時代に高価な雑誌を手に入れて勉強されていたことになります。
 さて、1965年1/2月号の記事は、”Ambassador of Birdlife”というタイトルで、アレン博士とケロッグ博士の録音風景の写真が載っています。写真のキャプションには「世界でナンバーワンの野鳥録音のチーム」となっています。
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 写真には、大きなパラボラの集音器が写っています。いかにも手作りのような仕様です。蒲谷先生のものよりでかいです。また、録音機はオープンリールで、私は見たことのないタイプです。ソニーのデンスケと呼ばれたEM-2やEM-3は1970年代に入ってからの発売です。それ以前の1965年以前にアメリカではポータブルタイプの録音機が普及していたことになります。
 1965年5/6号は、"BIRD SONG:the Anatomy of a Miracle"いわば、「鳥のさえずり-奇跡の解剖学」といったところでしょうか。5ページにわたる記事です。なんと、声紋分析ができるようになったという内容です。
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 録音風景は、手持ちができるパラボラ集音器と肩から下げているオープンリールタイプの録音機で録音しています。声紋分析はまるでSF映画に出てくるような械が並んでいます。声紋は、くるくる廻るドラムに巻いた紙に針が描き出すもので、ドラム一周ですから,数秒間しか分析できないはずです。それでも、目に見えない音を視覚化できることは画期的なことでした。
 日本では蒲谷先生がオシロスコープにカメラをあてて長時間露光をすることで、鳴き声を形にしようと苦労されていた頃です。
次のページには、いろいろな鳥の声紋が掲載されています。
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 科学の発展により新たな時代を迎えた感のある記事です。
 こうした、野鳥録音の歴史は、意外と情報がなく、昔のことを知ることは難しいものがあります。今回、飯塚さんのおかげで、アメリカの1960年代のようすを得ることができました。
 飯塚さん、ありがとうございます。

2022年12月28日 (水)

ウグイスの笹鳴き-六義園の録音納め

 今日は六義園、今年最後の開園日です。
 職員総出で門松を作るなど、新年を迎える準備も忙しそうです。
 来年の開園は、1月2日より。わずか4日間の休園です。
 園内をひとまわりしますと、常連さんたちも今年最後の六義園を楽しんでいました。今年は、ルリビタキが複数羽入り、先日はミソサザイが見つかるなど、小鳥が増えてきました。
 小鳥が増えたということは、まずヒヨドリが多くなりました。ヒヨドリは、いろいろな声を出すのでだまされます。今日は、聞いたことのない声で鳴いていたので。判断に迷いました。ただヒヨドリの良いところは、しばらく聞いていると本来の「ヒー」や「ヒーヨ」が入り正体をあかしてくれるところでしょう。
 いつものところで、ウグイスが笹鳴きをしていました。2羽が鳴いていましたが、1羽が鳴きやんだため、もう1羽に録音機を向けました。
 タスカムDR-05Xで録音、ボリュームの増幅、1,500Hz以下の低音の軽減、ヒスノイズリダクションをかけています。

 ウグイスとの距離は、わずか2,3mです。目の前のミヤコザサの葉が揺れているのがわかります。鳴きながら移動していて、それに合わせて録音機の方向をゆっくりと向きを変えます。
 さかんに鳴いていますが、声量はとても低いです。録音ボリュームは目一杯、フルボリュームで録っているのですが、波形表示させると-15dbしかありません。同時に録音されているヒヨドリとは、20mははなれているでしょうか。それでも、ウグイスよりボリュームがあり大きく聞こえます。
 笹鳴きは、まさにささやくような声でした。
 今年もいろいろ楽しませてくれた六義園の野鳥たち。そして、いろいろ情報を伝えてくれた常連さんたちに、感謝をしつつ今年の六義園の録音納めといたします。
 来年もよろしくお願いいたします。

2022年12月27日 (火)

アップルウォッチのノイズ

 今日、病院で採血してくれた看護師さんは、アップルウォッチをしていました。入院や化学療法で看護してくれる医療従事者のアップルウォッチ率は、高いものがあります。
 とにかくスマホがiPhoneならば、アップルウォッチは便利です。 お茶を入れるときのタイマー、心拍数、メールチェック、メッセージのやりとり、iPhone捜し、歩数計がよく使う機能です。歩数機能のあるiPhoneを忘れても、アップルウォッチをしていればあとで加算してくれるのはうれしいです。
 とかく便利なアップルウォッチですが、今回カミさんの日光の録音に電気的なノイズが入っていました。原因を調べてみたら、アップルウォッチとiPhoneが交信し合うときにノイズが発生し、録音されてしまうことがわかりました。
 YAMAHA W24で録音。ボリューム、低音ノイズの軽減、ノイズリダクションなどの加工は、行っていません。

 良い感じで、鳴きながらヒガラなどのカラ類の群が移動して行く様子です。「ズブズブ}という音が、ノイズです。カミさんによると、iPhoneのアプリから「そろそろ休むように」とか、お節介なメッセージが来たときだったとのこと。そうした”通知”がノイズの原因であることがわかりました。
 この通知をなくすのは、iPhoneのアップルウォッチのアプリにある通知の項目に行き、それぞれのアプリの設定にあるを通知を適宜offにすることで解消されるはずです。
 アップルウォッチ使用の録音家の方、大事な録音のときにノイズが入らないようにあらかじめ設定を確認しておいた方がよろしいでしょう。

2022年12月22日 (木)

マヒワの群-日光

 カミさんのおみやげの続きです。
 寒そうな戦場ヶ原からのおみやげです。
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 今回は、小鳥が多かったそうで、なかでもマヒワの群れとの遭遇がよったとのこと、録音もできました。
 YAMAHA W24で録音。ボリュームの増幅、1,500Hz以下の低音の軽減、ヒスノイズリダクションをかけています。

 なんとも、とりとめのない鳴き声です。
 野鳥録音では、マヒワやアトリの録音は難題な鳥となります。
 たとえば、100羽を超える群れでも、鳴いているのはごくわずかです。そのため、大きな群れの感じが録れません。それに、声量がとても小さいでのす、昨日アップしたヒガラは、50mは離れていたそうです。このマヒワは、10m前後。すぐ目の前にいたのですが、鳴き声は小さいです。
 その上、とりとめのない節です。以前、鳴き声の図鑑を作るときに、こうしたはっきりしない鳴き声をいかに、わかりやすくさせるかいろいろやってみました。ノイズを取ったり音のコントラストをあげたりして、画像と同じようにきれいに音もさせることができます。
 しかし、だんだんその鳥の声ではなくなっていくことに気が付きました。ようするに、はっきりしないというのは、その鳥のの鳴き方の特徴であって、それをくっきりさせてしまってはその鳥でなくなってしまうことになります。これに気が付いて、自分はいったい何をしているのか、自問自答してしまいました
 写真で、赤い鳥をより赤く青い鳥をより青くすると、不自然なるのと同じです、ぼやけた色や模様はそのままのほうが、その鳥そのものなのです。鳥を知らない人は、単純にきれいな鳥に見えるかもしませんが、知っているが見れば不自然です。
 鳴き声も同じこと。いかに自然に聞こえるかが、編集加工の腕の見せどころです。それには。自然のなかで本来の鳴き声をしっかりと聞いておかないとならないと思います。 

 

2022年12月21日 (水)

ヒガラのさえずり-日光

 カミさんの日光みやげです。
 ヒガラのさえずりです。本日、戦場ヶ原での録音です。
 YAMAHA W24で録音。1,000Hz以下のノイズを段階的に軽減、ノイズリダクションをかけています。

 よく聞くと、近いヒガラと遠いヒガラがいて鳴き合っているのがわかります。
 ヒガラのさえずりは、2月に聞いたことがあります。また、8月になって、他の鳥が静かになってもさえずりを聞いたことがあります。ヒガラは、ウグイスと並んで、さえずりの期間が長い、あるいはよくさえずる鳥と言えるでしょう。
 しかし、12月に聞いたことはありません、まして、2羽鳴き合っているのは、珍しいのではないでしょうか。
 小鳥が秋や冬にさえずることがあります。私の秋や冬にさえずる鳥のリストにヒガラは入っていませんでした。もっとも日の出が遅く昼間の時間の短い時です。また、積雪がある戦場ヶ原で曇り、寒いのに関わらず、さえずっているヒガラ。この鳴き声の意味を知りたいものです。

2022年12月18日 (日)

ルリビタキとジョウビタキの地鳴き比較-六義園

 本日の六義園は、紅葉が最後のかがやきのように見事でした。
 日曜日、出遅れたわりには空いていて紅葉をゆっくりと楽しむことができました。

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 鳥も多く、今シーズンはじめてのツグミに会えて、エナガの群れに囲まれるなど、久しぶりのバードウォッチング三昧です。やはり、北関東に雪が降って鳥が降りて来たのと、空いてきたことが幸いしたようです。
 あと、今日はなんといってもルリビタキとジョウビタキの録音ができたことです。同じ日に2種類録音したことがあったでしょうか。ルリビタキはきれいな雄、ジョウビタキは雌でした。どちらも10m以内の近さで、本来ならば高い音で聞こえないはずの鳴き声、よく聞こえました。「鳴いている」と言われて録音するのと、自分で聞いて録音するのでは、気の入れ方が違います。
 ところで、この2種の地鳴きの識別です。ルリビタキは「ギ、ギ」という怒ったような声を入れること、ジョウビタキは「カッカッ」と火打ち石を太抱くような音を交えることで区別することができます。しかし、本日の2羽はこの特徴ある鳴き声を出しませんでした。
 ルリビタキです。

 ジョウビタキです。

 タスカムDR-05Xで録音。ボリュームの増幅、1,500Hz以下の低音の軽減、ノイズリダクションをかけています。
 いかがでしょうか。聞き比べて違いがわかるでしょうか。
 声紋で見ますと、ルリビタキが4,600~4.500Hzに音があって、”へ”の字型のパターンをしています。
 ジョウビタキは、5,000~5,500Hzに音があって、逆U字型のパターンをしていました。比較して、ジョウビタキのほうが音が高いことになります。
 何度が聞き比べての違いと現場での印象では、高いジョウビタキの鳴き声のほうが、するどく聞こえる、金属的に聞こえる感じでした。
 聞き比べるときに、野外で聞くようにあまりボリュームを上ないで音を流すとよりわかりやすいかもしれません。
 それにしても、久しぶりに楽しめたバードウォッチングと野鳥録音でした

2022年12月15日 (木)

『朝の小鳥』スタジオ収録-来年1月は日本三鳴鳥と三霊鳥

 昨日は『朝の小鳥』のスタジオ収録でした。
 来年の正月にむけての収録です。
 正月らしいネタを考えたすえに、三鳴鳥と三霊鳥が思い浮かびました。1月は5週ありますが、合わせたら6種類になり1日たりません。しかし、ウグイスが三鳴鳥と三霊鳥のどちらにも入っていますので、ちょうど5種となり面白い構成になりました。
 ブッポウソウの鳴き声は、岡山県吉備高原まで行って録音しました、ただ、あまり癒やされる声ではないため、番組では使ったことはありませんでした。今回、コノハズクの鳴き声との比較でやっと日の目を見たことになります。
 三鳴鳥と三霊鳥の鳴き声を聞くことで、日本人が鳥たちの鳴き声をあがめたり楽しんだりした感覚を今に伝えられればと思います。
 白状しますと、去年2回ミスをしました。1回は録り直しをしてもらいました、今年は12月最後の収録を迎えて、ミスはゼロの自信があったのですが、最後の最後で大きなミスをしてしまいました。
なんと最後のジュウイチの音源は、編集前のファイルを渡してしまっていたです。ですから、音を流すと「ゴーッ」という音のなかでジュウイチが鳴いていることになります。最初は、機械が壊れたかと思いましたが、どうも違います。
 すぐに、手元のファイルを確認すると未編集のものを送っていることに気がつきました、おそらく送るためのフォルダーにコピーするときに、ファイルを間違えて入れてしまったとしか考えられません。もちろん、編集済みのファイルがありますので、すぐにデータ便で送り事なきをえました。
 もし、私がスタジオにいたら対応できないリカバリーですし、昔ならばバイク便を飛ばすか、タクシーで持って行かなくては鳴らない事態です。なんと時間のロスはわずか5分ほどで解決することができました。リモートならではの対応で、リカバリーできたことに、ちょっと新鮮な驚きでした。
 また、鈴木さんと門馬さんに編集前と編集後の音を聞いてもらう滅多にない機会ととなり、現在の技術のすごさを知ってもらうこともできたのは不幸中の幸いでした。
  
2023年1月 放送予定
1日 コマドリ
8日 オオルリ
15日 ウグイス
22日 コノハズク
29日 ジュウイチ

2022年12月12日 (月)

「野の鳥は野に」は、誰が考えたのか-その3

 ここまで書いたのが、今年の夏のことだったと思います。
 その間、当時在職していた職員などに、経緯に記憶がないか機会のあるごとにたずねましたが、確証をえることができませんでした。
 しかし、「野鳥」誌の編集をしていた園部浩一郎さんも「野の鳥は野に」の出典には以前から気になり、調べていたことがわかりました。
 彼からは「野鳥」誌で柴田敏隆さんが使っていた。さらに悟堂の葬式のおりに読まれた弔辞のなかにあったという、当時深く日本野鳥の会に関わっていた園部さんならではの情報をいただきました。
 園部さんは、さらにこの件については気にしていただき、引き続き調べてくれて「野鳥」粗の1954年9・10月号(No.167)の巻頭言に「野の鳥は野に」のフレーズがあるのを見つけました。当時の「野鳥」誌は、隔月発行、発行部数が少ない上に薄いため破棄されたものが多かったと思います。私もこの当時のバックナンバーを持っていますが、欠号が多いです。それをていねいに目を通して見つけたのは、園部さんの執念です。
 ところで、この巻頭言は悟堂が書いたものではありません。古賀正さんが書いています。当時の「野鳥」誌では巻頭言のある号とない号がありますが、ほかの巻頭言は悟堂、山階芳麿、内田清之助が書いており、これら3巨頭と並んでいたことになります。
 この巻頭言では、創立20年、戦後10年で会員も1000人になった。野鳥を楽しむだけの会ではなくもっと活動すべきだという趣旨です。引用すると「人人(ママ)の集まりであるからそれぞれ主義があり、めいめいの考え方も違ってくるであろうが、本会をつらぬく基本のものは、あくまでも『野の鳥は野に』あるべきことにつきると思う」と「野の鳥は野に」が出てきます。文章を読む限り、普通の言葉と同じように使われていて、悟堂の言葉とか、日本野鳥の会のスローガンなどといった紹介ではありません。ただ、『』で囲み強調しています。古賀さんとしては、この言葉に思い入れがあったことがうかがえます。
 どうも、この時期に多少のゴタつきがあったようです。会員を増やしもっと広めようとする若い人たちと会員が増えて有象無象が入ってくるのを面白くない思う人たちです。後者が悟堂派となります。なお、この号では悟堂は名誉会長になっています。このような、背景のなか古賀さんの巻頭言を改めて読むと「野の鳥は野に」の主張のもと、ひとつになろうとも受けとれます。
 古賀さんは、当時の日本野鳥の会の中央委員という肩書きです。立派な肩書きですが、事務局員がいない組織でしたので、「野鳥」誌の編集から印刷、発送までやっていたと推測します。この号の奥付には発行人としても名前が挙がっています。
 会員も1000人程度。戦後の荒廃のなか、趣味の組織の運営を行うのは、たいへんな苦労があったことと思います。こうした方がいてこそ、今の日本野鳥の会という組織が存続できたのであって、感謝にたえません。しかし、古賀さんのお名前は、あまり残っていません。
 この号に書かれている古賀さんの本職の肩書きは、水道機工株式会社取締役となっており、この会社は現在もあります。サイトを見ると大きな会社であることがわかります。また、「古賀正 日本野鳥の会」で検索すると、日本野鳥の会東京のシンポジウム報告が出てきました。そのなかに「清水徹男さん(元日本野鳥の会東京支部副支部長)よると、『・・・野鳥の会会員の東京市水道局職員古賀正氏が昭和10~12年、高尾山薬王院の水道工事のために高尾山をたびたび訪れたところ、この地に野鳥が多いことに気付き、これを中西悟堂先生に紹介した。中西先生もかねてから高尾山は優れた野鳥の繁殖地とは気付いていたが、古賀氏に指摘されるまではさほど重視されていなかった」と書かれていました、
 古賀さんによって高尾山が野鳥の楽園であることを発見されたことが、書かれていました。また、この発見が、今の高尾山がバードウォッチングの栄華につながったことになります。また、日本野鳥の会創立当時から悟堂とは、交流があったことがわかります。さらに。古賀さんは戦前から水道事業に関わっていことがわかり、野鳥以外では水道畑を歩んできた方のようです。
 私は、残念ながら古賀さんとは会っていません。おそらく「野鳥」誌を印刷していた三洋印刷工芸の社長さんから聞いた話だったと思いますが、社長の仲人は古賀さんだったそうです。また、日光に別荘があり、たずねたことがあるとのことでした。私の日光通いが始まった頃ですので、その関係で日光、古賀さんの別荘、仲人という話の流れだったのではと思います。
 私と同年代で、子ども時代も日光にいた知人にたずねましたが、近所に古賀姓の別荘があった記憶はなく、今のところどこにあったか確認がとれていません。
 しかし、園部さんのお陰で1954年まで遡ることができました。おそらく、これが初出の可能性が高いです。悟堂によって『野の鳥は野に』が、世の中に出てきたのではない可能性が高くなりました。
 これまで悟堂の筆のなかに「野の鳥は野に」のフレーズを見つけることはできませんでした。古賀さんの初出以降も悟堂によって使われることはなく、悟堂自身このフレーズを気にいっていたかどうか気になります。少なくとも日本野鳥の会中央委員の古賀さんが書かれているので、たとえば「日本野鳥の会が『野の鳥を野に』の考え方を元に・・・」とか「日本野鳥の会によって提唱された」は、間違いではないことになります。
 しかし、日本野鳥の会の理念の 「1934年の発足当初から、創設者中西悟堂が唱えた『野の鳥は野に』という」や中西悟堂協会の「中西悟堂が『野の鳥は野に』を理念に昭和9年(1934年)に『日本野鳥の会』を創設し・・・」のように、創立当時、あるいは戦前から提唱、それも悟堂により発案されたような表現は、いかがなものかと思います。結果、悟堂の虚像を作ることになり、悟堂を客観的に評価することが難しくならないか懸念いたします。
 改めて、園部浩一郎さんにはお礼申しあげます。(おわり)

2022年12月11日 (日)

「野の鳥は野に」は、誰が考えたのか-その2

 つぎにヒットしたのは、”富山のたかはしさん”さんのブログ「鳥男日記」です。2017年3月23日の記事で「新釈:中西悟堂伝」というタイトルがついています。次のURLで、一読をお願いいたします。
 http://seichouudoku.blogspot.com/2017/03/blog-post.html
「野鳥」という言葉を調べた木村成生さん同様、たかはしさんも「野の鳥は野に」の問題点に気が付き調べています。私が自分で発見したと喜び勇んで調べ始めると、すでに調べられている方がいることは驚きです。手探りで調べなくてはと思っていたものが、おかげで次の段階に行けます。お二人には、感謝の言葉しかありません。
 たかはしさんは、野鳥はもとより歴史などにも造詣が深く、記事はネタの宝庫です。もっと、ブログを更新していただければと思います。
 たかはしさんの記事の主旨は、著作や行動を見るかぎり悟堂は野鳥を飼うのが好きだった。それが、日本野鳥の会の会長になって飼えなくなり「しぶしぶ引き受けた会の活動のせいで大好きな鳥が飼えなくなった中西悟堂。好むと好まざるとに関わらず、周囲が求める「中西悟堂」像を演じ続けることになった中西悟堂。」と的を射た指摘をしています。
 このたかはしさんの記事に私の知るエピソードを加えておきます。
 「野鳥」誌の編集という立場から晩年の悟堂と密なつきあいをしていた柴田敏隆さんは「悟堂さんが野鳥を飼いたいと言って困った。『先生、もうそういう時代ではありません』と言って思いとどまらせるのに苦労した」というを話してくれたことがあります。野鳥を飼いたい気持ちは、晩年もあったことになります。
 たかはしさんは「野の鳥は野に」ついて引用しますと、
 「ちなみにこの号(3巻2号・(昭和11年)までの野鳥誌に、有名な『野の鳥は野に』というフレーズは一切登場しません。『野辺の族は野辺に』との表記が一度あるだけです。よく聞かれる『野の鳥は野にをスローガンに中西悟堂が設立した…』という紹介は明らかに後年の脚色なのです。」
 と結論付けています。
 はたして、本当にそうなのでしょうか。私も野鳥誌の創刊号、『野鳥と共に』など著書、さらに著書の巻末にある日本野鳥の会の広告をチェックしましたが、少なくとも戦前のもののなかには、「野の鳥を野に」の言葉を見つけることができませんでした。
 日本野鳥の会創立後、最初に出版された鳥の本となる内田清之助の『野鳥礼賛』(1935年・巣林書房)の巻末には、日本野鳥の会の会員募集の広告が載っています。おそらく最初の日本野鳥の会の広告となります。本のタイトルに野鳥を使っていることも含めて、内田の日本野鳥の会への力の入れようがわかります。しかし「野の鳥は野に」の言葉はありません。
 戦後にまいります。
 困ったときの野鳥誌200号記念号です。300ページ近くある内容なのですから、ありそうです。
 まず、悟堂の「巻頭言」。「日本野鳥の会25年史」にあると思いましたがなし。巻末にある「日本野鳥の会規約・機構」の規約の目的には「鳥類の知識並びに保護思想の普及を通じて国民の科学精神と情操の涵養を図り、以て文化の向上に資することを目的とする」とあるのみで、くだんの言葉はありませんでした。この他、日本野鳥の会のスローガンの列記といえる囲み記事もありました。たとえば「日本国土の野鳥を減らさぬようにしましょう」など16項目があります。あるとしたら、このコーナーに書かれているはずですが「野の鳥は野に」はもとより、それに匹敵する言葉はありませんでした。
 これ以外の戦後も不完全ながら蔵書の「野鳥」誌、悟堂の著書、おもに『定本野鳥記』をチェックしましたが、見つけられません。この他、『愛鳥自伝』のなかにもありませんでした。以前紹介した雑誌『アニマ』の1979年5月号(No.74)「特集 バード・ウォッチング-鳥の行動をみる-」に悟堂が長文を寄せている「探鳥会とBird watching」にも、ありませんでした。
 『野鳥開眼』(1993・永田書房)に収録されている「野鳥の会の根本精神」にいかにもありそうなので目を通しましたが、ありませんでした。この原稿は、解説の永田龍太郎によると「亡くなる半年前に書いた最後の文章」とのことですが、それらしい記述がないのです。
 ということは、たかはしさんのいうとおり「後年の脚色」なのでしょうか。(つづく)

 

2022年12月10日 (土)

「野の鳥は野に」は、誰が考えたのか-その1

 日本野鳥の会の理念のなかに「日本野鳥の会は、1934年の発足当初から、創設者中西悟堂が唱えた『野の鳥は野に』という自然を本来のままに保護する主張を一貫して掲げてきている。」と書かれています。これは、日本野鳥の会のWebサイトにアップされています。
https://www.wbsj.org/about-us/report/principles-and-activities/principles-and-activities-1 
 この日本野鳥の会の理念は、私が職員だった時代に理念について何も書かれたものがないのはおかしいということから当時の塚本洋三副会長が中心となって、1990年頃に制作されたものです。私は、もっと平易な文章、である調ではなくですます調の方が良い。ときおり使われる難解な単語を使わないほうが良いという意見を言いました。市田専務理事から役員への反抗と取られ、叱られた思い出があります。
 今読み返して見ると30年前に作られたものですが、現在でも十分通用する内容だと思います。塚本副会長の苦労のたまものでしょう。
 しかし当時、私は日本野鳥の会のカレンダーを始め印刷物を制作する仕事が多かったのですが、「野の鳥は野に」のキャッチを使ったことは、ありませんでした。もっぱら私が中心となって日本野鳥の会のキャッチフレーズとして考案した「野鳥も人も地球のなかま」の方が多用しました。今でも、日本野鳥の会のWebサイトのトップにある会長と理事長あいさつの前にこのフレーズがアップされているのは、当時このコピーのために企画書を作った苦労を思い出し、正直うれしい気持ちになります。
 思い出話はこのくらいにして、「野の鳥は野に」の初出を調べてみました。
 ここ10年ほど日本野鳥の会のスローガン、悟堂(以降、敬称を略します)が提唱して「野の鳥は野に」がよく出てくるようになりました。まず、ウィキペディアの「中西悟堂」の項には、野鳥を造語したの前に『「野の鳥は野に」を標語に自然環境の中で鳥を愛で、保護する運動を起こした。』とあります。
中西悟堂協会のサイトには、”野の鳥は野に”のタイトルとともに「(前略)中西悟堂が『野の鳥は野に』を理念に昭和9年(1934年)に『日本野鳥の会』を創設し、戦後も日本の自然保護に力を尽くし、『人類にして鳥類』と評されるほど多くの国民に影響を与えた人物です。」とあります。
 ひとつに、悟堂の伝記『野の鳥は野に―評伝・中西悟堂』(小林照幸・2007)のタイトルの影響があるかもしれません。印象としては、この頃から「野の鳥は野に」をよく聞くようになったと感じています。
 まず、「野の鳥は野に 中西悟堂」などでネット検索してみました。
 ヒットしたなかに、黒田長久さんが日本鳥学会の会誌によせた悟堂への追悼文がありました。長久さんは、悟堂の2代あとの日本野鳥の会の会長を務めました。「紙碑」は1985年2月号に掲載されたものです。学者だけに悟堂を客観的に見ており、同じ業界で同じ世代を過ごした仲間の一文は、他の方たちの追悼文とは異なり、悟堂像の一面を垣間見ることができました。
 このなかに「それは、野の鳥は野にの悟りであった(「野鳥と共に」p.174参照)。「野鳥」という呼び名は、この時彼らに与えられた心の底から生れたものであったろう。」という一節がありました。これが「野の鳥は野に」でヒットしたキーワードとなりました。また、「野鳥」を造語とは書かず「彼らに与えた」言葉であるというセンスは、長久さんならではの言い回しでしょう。
 ただ『野鳥と共に』の174ページには「野の鳥は野に」の言葉はありません。該当ページの主旨は「放し飼いは多くの人に興味を貰っているが、はたして鳥たちのためなっているのであろうか」という疑問から「自身も自然のなかで、鳥と接したい」という思いにいたり『できることなら私の方から山野に出かけて、山野のあいだで鳥と直接親しみ且つ観察したい』と書いています。なお、この一文は175ページになります。
 「野の鳥は野に」にの言葉はなくとも、長久さんのご指摘のとおり主旨は「野の鳥は野に」であり、日本野鳥の会の発会、探鳥会の実施、『野鳥の共に』の執筆という流れの中で、悟堂の頭のなかに「野の鳥は野に」の思想が、萌芽していたことがわかります。しかし、「野の鳥は野に」のフレーズそのものはありませんでした。(つづく)

 

2022年12月 4日 (日)

小林重三の『狩猟鳥類掛図』

 少しずつ身辺の整理をしています。断捨離、終活、生前形見分けと言ったら良いでしょうか。また、毎日家にいることが多くなって、モノに埋もれているのもストレスです。すでに段ボール箱換算で10箱分は処分したと思うですが、減った感じがしないのも困ったモノです。
 今回、山階鳥類研究所に小林重三の原画2点などを寄贈しました。以前、ブログの記事にしたイワシャコとケリの絵です。そういえば、掛図もあったはずなので、いっしょに寄贈しようと探しました。
 クロゼットの奥にあるのを見つけ出しました。
 掛図のタイトルは『狩猟鳥類掛図』で「其の1」から「其の5」まであります。当時の分類からみて、種類が網羅されていますので、この5巻で揃いだと思います。
 ここでは、著作権の関係ですべてをアップできませんので「其の1」のみ引用ということで、アップいたします。

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 農商務省農務局の名前があり日本鳥学会発行となっています。両方に関わっていた内田清之助さんの仕事でしょう。
 発行は大正13(1924)年の記録がありますが、手元にある「改訂狩猟忠類掛図解説」のリーフレットは、農林省山林局編、日本鳥学会発行とあり、昭和12(1937)年発行となっています。ということは、少なくとも、こうした掛図が改訂も行われ10数年にわたって、使用されていたことになります。
 私の小学生の昭和30年代は、まだ授業で掛図が使われていました。内容はまったくおぼえていませんが、黒板の上にかけられ、先生が指し棒で解説した様子を覚えています。少し前ならばビデオ、今ならPadの役割を掛図がしていたことになります。
 この掛図は、大正7(1918)に行われた狩猟法の改訂にともなって作られたものと推測されます、それまで保護鳥獣を指定する制度から、すべてを保護鳥獣として、その中から狩猟鳥獣を指定して捕獲が可能な方式となりました。指定された狩猟鳥をハンターに教えなくてならず、そのための掛図だったと思います。
 狩猟のための講習会は度道府県ごとにおこなわれたはずで、せいせい掛図は50セット。仮に予備も含めて倍としても、100にしかなりません。現場では消耗品あつかいだったかもしれませんし、改訂されたら破棄されたはずです。現存するものは、わずかだと想像できます。
 小林の絵を見ると。とてもていねいに描かれていることがわかります。また、1図こと構図も決まっていて、大きさの異なるでありながら、鳥と鳥の間隔やスペースが均一に感じるよう配置されています。これは、とても面倒なデザインをしていることになります。また。構図に合わせて鳥のポーズにも変化をつけています、小鳥など皆同じ方向を向いても文句はでないと思いますが。バラつきが絶妙です。力を入れた良い仕事をしている感じです。このまま、床の間に飾っても絵になる掛図となっています。
 なお、タバコのヤニでしょうか、かなり黄ばんでいます。昔の講習会ですから、タバコの煙が渦巻くなかで行われていたのでしょう。また、軸装の木製の軸が破損しているものもありました。
 寄贈してわかったのですが、山階鳥類研究所のT見さんの話では、ニスが表面に塗られているようだとのこと。軸装も本来ないかもしれないとのことでした。ですので、かなり大切に使用されたのかもしれず、そのため残った可能性もあります。
 驚くのは当時の狩猟鳥です。なんと、アホウドリも狩猟鳥だったことがわかります。最初、この掛図に描かれた鳥たちは、狩猟鳥との区別のために保護鳥も取り上げられていているだと思っていました。アホウドリのみならず、クマタカ、イヌワシもいるのですから、そう思っていたのですところが、すべて狩猟鳥です。ようするに、すべて保護鳥になったとはいえ、取りたい鳥や飼いたい鳥は狩猟鳥に指定されたことになります。当時の猟友会の力、行政の姿勢を垣間見ることができます。
 当時の狩猟鳥獣のリストは当然わかるのですが、こうして絵を見ると鳥たちの暗黒時代を実感します。小林重三の絵だからこそ、なおさおさら実態が伝わってくる感じです。

追記:他の本を探していたら、掛図の解説書が出てきました。かなりぼろぼろになっていました。『狩猟鳥類掛図解説』のタイトルです。A5版57ページのパンフレットという装丁です。奥付を見ると、大正13年3月28日印刷、29日発行となっています。年度末、ぎりぎりの事業だったのでしょうか。他の資料にあった発行年で合っていたことになります。
 あとがきやまえがきなどはなく鳥の解説のみで、いたってそっけない内容です。小林重三の名前もみつけることはできませんでした。
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2022年12月 1日 (木)

バードウォッチングに補聴器ーその2

 ここでは、リオンの箱形、義父のワイディックス社のセパレーツ型、日本野鳥の会からモニターで預かっていた一体型の3機種を使用して補聴器全体の使用感を述べます。下掲の写真は、ワイディックス社のセパレーツ型です。
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 私の耳の現状をまず話しておきます。10年前の人間ドックでは4,000Hz以上になると聞こえづらいことがわかっていましたが、今回の検査では2,000Hzあたりから落ち始め、4,000Hzあたりから急速に落ちていることがわかりました。思ったほど進行していませんでしたが、悪いことは悪いです。
 生活上での問題は、人との会話では大丈夫だと思っています。また、テレビの音も普通に聞こえます。聞こえないものは、体温計の警告音などが聞こえません。バードウォッチングでは、8,000Hzあるヤブサメのさえずりが聞こえないのはもとより、シジュウカラ、ヤマガラの高い鳴き方は聞こえません。アオジの地鳴き、コゲラの地鳴きが聞こえなくなるとは意外でした。
 ヒヨドリの声が違って聞こえることに気が付いたのも最近です。ようするに、ヒヨドリの鳴き声は2,500Hzから10,000Hzを超える高音域まで広がっています。このうち、高い音が聞こえなくなっているはずで、ヒヨドリ特有の甲高さを感じない音になっています。この他、ニイニイゼミが聞こえなくなりました。
 ということでここ数ヶ月。補聴器を付けては、六義園を歩いてみました。
 この夏、いちばん効果を感じたのはニイニイゼミの声です。六義園の夏の森は静けさを感じるほどでしたが、補聴器をつけると「ワーッ」という感じになるほど、セミの声にあふれていました。
何度も付けたりはずしたりしても同じ。はずすと「シーン」といy感じです。もし、補聴器の営業マンが耳の悪い人を連れて、このシーンを体験させたら、ぜったいに売れるに違いないと思うほど効果がわかります。
 同様に、秋になってヒヨドリの群れが六義園の森に集まるようになってからの体験です。補聴器を装着しなくてもヒヨドリの声は聞こえることは聞こえます。しかし、補聴器を通すとその数がいっきに増えます。もし調査をやっていたら、かなり少なく個体数をカウントしてしまうところです。
 ただ、ウグイスの笹鳴きが聞きづらいです。カミさんには聞こえて教えてもらうのですが、ちょっと遠い20m以上離れると聞こえません。ウグイスの笹鳴きも高めの音で、音域の広い鳴き声ですので、補聴器が苦戦している感じです。
 あと、まだ低い音の検証をしていません。たとえば、オオコノハズクの木魚鳴きは、聞こえる人と聞こえない人がいました。私は、鳴いていると教えてもらって耳を澄ますと聞こえました。この他、高い鳴き声は聞こえるのに遠いフクロウの鳴き声が聞こえなかった人もいました。オオコノハズクは100Hz。フクロウは500Hz前後、これらの音が補聴器でどれだけフォローできるのか、気になるところです。
 この他、補聴器を使用していて感じたことを書いておきます。
 義父が使うのをやめた理由のひとつは、小さくて操作しづらいことがありました。とにかくボタン電池が小さいです。5mmほどの小さな電池の出し入れに年寄りは苦労します。また、それに加えて、電池の保ちがよくありません。六義園では、せいぜい1日2,3時間の使用ですが、10日ほどで電池がなくなります。さらに、環境にやさしくないボタン電池を廃棄するのも心が痛みます。
 つぎが、うるさいがあったようです。家の中、散歩、あるいはマーケットなどの施設の中など、音の状態や響き具合が、皆違います。ボリュームを調整できないと、うるさいときはうるさいです。
 鳥の声がよく聞こえますが、鳥に興味のない人にとってはヒヨドリの群れの鳴き合う声は、うるさいと感じることでしょう。さらに自分の足音、上着の衣擦れ、双眼鏡の金具、オバさんのしゃべり声は、うるさいです。
 ハウリンクも嫌ったようです。耳にかけるタイプは、ハウリンクは少ないのですが、一体型のタイプはマイクとスピーカーが近いので、ハウリンクを起こします。ボリュームを上げるとハウリンクをする、下げると効果がなくなってしまいます。一体型では、この調整を耳に入れたままで行うのですから面倒です。
 5年たって、補聴器の機能が良くなっていると店員が教えてくれました。まず、電池式から充電式が増えたとのことで、電池交換のめんどくささからは解放されそうです。また、スマホからアプリでボリュームを調整することができる機種もあるそうです。今のワイヤレスイヤフォンの性能を見ると、補聴器ももっと機能が充実して使いやすくなっても良いと思いますが、遅れていると感じます。
 さらに価格も問題です。60万円で驚きましたが、これは安い方で100万円もあります。高齢者が増え需要が多くなり、ロットが増えて安く高性能になって良いはずなのになっていません。まるで、とり残されたガラパゴスの固有種のようです。
 私としては、スマホのボイスレコーダーとリンクさせ、録音できる補聴器が欲しいですね。
 高齢者のベテランのバードウォッチャーに珍鳥がいたので呼んだけど聞こえなかった。そのような人が高い声で鳴くムシクイ類、低い声のフクロウ類の報告しているが大丈夫だろうか。と心配する話を聞いたことがあります。名前の通ったベテランだけに記録が一人歩きしてしまう可能性もあり、怖い話です。
 こう言う方が補聴器を付けたら愕然とすると思います。そのためにも、バードウォッチングでの補聴器の使用をはかるべきだと思っています。(おわり)

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