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2022年12月11日 (日)

「野の鳥は野に」は、誰が考えたのか-その2

 つぎにヒットしたのは、”富山のたかはしさん”さんのブログ「鳥男日記」です。2017年3月23日の記事で「新釈:中西悟堂伝」というタイトルがついています。次のURLで、一読をお願いいたします。
 http://seichouudoku.blogspot.com/2017/03/blog-post.html
「野鳥」という言葉を調べた木村成生さん同様、たかはしさんも「野の鳥は野に」の問題点に気が付き調べています。私が自分で発見したと喜び勇んで調べ始めると、すでに調べられている方がいることは驚きです。手探りで調べなくてはと思っていたものが、おかげで次の段階に行けます。お二人には、感謝の言葉しかありません。
 たかはしさんは、野鳥はもとより歴史などにも造詣が深く、記事はネタの宝庫です。もっと、ブログを更新していただければと思います。
 たかはしさんの記事の主旨は、著作や行動を見るかぎり悟堂は野鳥を飼うのが好きだった。それが、日本野鳥の会の会長になって飼えなくなり「しぶしぶ引き受けた会の活動のせいで大好きな鳥が飼えなくなった中西悟堂。好むと好まざるとに関わらず、周囲が求める「中西悟堂」像を演じ続けることになった中西悟堂。」と的を射た指摘をしています。
 このたかはしさんの記事に私の知るエピソードを加えておきます。
 「野鳥」誌の編集という立場から晩年の悟堂と密なつきあいをしていた柴田敏隆さんは「悟堂さんが野鳥を飼いたいと言って困った。『先生、もうそういう時代ではありません』と言って思いとどまらせるのに苦労した」というを話してくれたことがあります。野鳥を飼いたい気持ちは、晩年もあったことになります。
 たかはしさんは「野の鳥は野に」ついて引用しますと、
 「ちなみにこの号(3巻2号・(昭和11年)までの野鳥誌に、有名な『野の鳥は野に』というフレーズは一切登場しません。『野辺の族は野辺に』との表記が一度あるだけです。よく聞かれる『野の鳥は野にをスローガンに中西悟堂が設立した…』という紹介は明らかに後年の脚色なのです。」
 と結論付けています。
 はたして、本当にそうなのでしょうか。私も野鳥誌の創刊号、『野鳥と共に』など著書、さらに著書の巻末にある日本野鳥の会の広告をチェックしましたが、少なくとも戦前のもののなかには、「野の鳥を野に」の言葉を見つけることができませんでした。
 日本野鳥の会創立後、最初に出版された鳥の本となる内田清之助の『野鳥礼賛』(1935年・巣林書房)の巻末には、日本野鳥の会の会員募集の広告が載っています。おそらく最初の日本野鳥の会の広告となります。本のタイトルに野鳥を使っていることも含めて、内田の日本野鳥の会への力の入れようがわかります。しかし「野の鳥は野に」の言葉はありません。
 戦後にまいります。
 困ったときの野鳥誌200号記念号です。300ページ近くある内容なのですから、ありそうです。
 まず、悟堂の「巻頭言」。「日本野鳥の会25年史」にあると思いましたがなし。巻末にある「日本野鳥の会規約・機構」の規約の目的には「鳥類の知識並びに保護思想の普及を通じて国民の科学精神と情操の涵養を図り、以て文化の向上に資することを目的とする」とあるのみで、くだんの言葉はありませんでした。この他、日本野鳥の会のスローガンの列記といえる囲み記事もありました。たとえば「日本国土の野鳥を減らさぬようにしましょう」など16項目があります。あるとしたら、このコーナーに書かれているはずですが「野の鳥は野に」はもとより、それに匹敵する言葉はありませんでした。
 これ以外の戦後も不完全ながら蔵書の「野鳥」誌、悟堂の著書、おもに『定本野鳥記』をチェックしましたが、見つけられません。この他、『愛鳥自伝』のなかにもありませんでした。以前紹介した雑誌『アニマ』の1979年5月号(No.74)「特集 バード・ウォッチング-鳥の行動をみる-」に悟堂が長文を寄せている「探鳥会とBird watching」にも、ありませんでした。
 『野鳥開眼』(1993・永田書房)に収録されている「野鳥の会の根本精神」にいかにもありそうなので目を通しましたが、ありませんでした。この原稿は、解説の永田龍太郎によると「亡くなる半年前に書いた最後の文章」とのことですが、それらしい記述がないのです。
 ということは、たかはしさんのいうとおり「後年の脚色」なのでしょうか。(つづく)

 

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