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2023年1月11日 (水)

黒田長久さんのことーその5

 長久さんは多才な方でした。
 鳥の研究者のなかで、高野伸二さんは歌がお上手でした。中村登流さんのエナガのイラストは味があります。ただ楽器が弾ける人は知りません。しかし、長久さんは文章はうまいし、わかりやすいです。また、小林重三に学んだという絵も素晴らしいです。加えて、楽器も弾けます。
 絵については、「その3」にアップした香典返しのカンムリツクシガモの絵を見てもらえるとわかると思います。私は、パノラマ風景のなかに鳥がいる絵が好きです。たとえば、沼の風景のなかにカモたちが、それぞれの好みの環境にいる解説図です、
 連盟時代、私の担当以前に「私たちの自然」の表紙裏の絵を薮内正幸さんにお願いしたことがあります。私がラフを描いて、こちらの意図を伝えるのですが、どうしても近くに大きく鳥を描いて構図にしまりを付けようとしてしまいます。当然、こちらのほうが見栄えは良いのです。それだけ並列に鳥や環境を並べた構図が難しいかおわかりいただけると思います。長久さんは、それを描ききってしまします。なにより、自然のなかでの体験と。それを見る観察眼があって、はじめて表現できることにほかなりません。
 山階鳥類研究所のある我孫子市で秋に行われるジャパンバードフェステバルの会場で販売されるお弁当の包み紙に長久さんの絵が使われています。最初は、お弁当ごときものに先生の絵を使うなってなんと恐れ多いことかと思いましたが、お弁当が美味しいのでゆるしました。毎年、すぐに売り切れてしまいます。

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 音楽については、ご本人がチェロを演奏すると書いています。それを知っていれば、録音させてもらうところでした。
 音痴の私にとって楽器を演奏できるというのは、あこがれですし、人まで歌うなんて考えられません。長久さんは、米寿のパーティでは歌声を披露されました。とても88才とは思えない張りのある声で、皆をうならせたものです。
 米寿のパーティについて、少し述べておきます。
  2004‎年‎11‎月‎21‎日に、長久さんの88才を祝う会が、神田錦町の学士会館で行われました。蒲谷さんはもちろん招待されていましたが、私まで招待され蒲谷さんのお供のつもりで参加しました。
 蒲谷さんはじめ、中坪禮治さん。市田則孝さん、塚本洋三さんといった先輩諸氏、山階鳥類研究所の職員の皆さん、同年代は樋口広芳さん、長谷川博さん、川内博さん、黒田治男さんにお会いできて楽しい会でした。
 もっぱら長久さんが進行も務め、今までの人生の輝きのすべてここで。披露するという感じでした。
 楽器が弾けて歌えるだけではありません。作曲もされます。2007年に蒲谷さんがお亡くなりになり、「天国の蒲谷鶴彦さんと野鳥の声を聞く会」と称しお別れ会を開催いたしました。
 案内状を出したり当日のシナリオを書いたり、お世話になった蒲谷さんへの最後の恩返しができました。もちろん長久さんも招待したのですが、すでに90才を超え体調もあり参加できないとのご返事をいただきました。そのかわりに追悼歌を作曲したので、当日流して欲しいとの希望でした。ということで、手書きの楽譜と歌詞が送られて来ました。
 音楽にうとい私には楽譜が読めません。悲しい曲なのか明るい曲なのか、わかりません。これをどう演奏すればよいか、途方にくれました。そういえば、日光の鳥仲間の阿部さんちにはグランドピアノがある、彼女にたのめばなんとかなるのではということで、お願いいたしました。なお、当日は日光の鳥仲間総出で、受付などを手伝ってくれました。
 著作権は長久さん、演奏の著作周辺権は阿部さんにありますので、引用ということで一部をご紹介いたします、

 軽快な曲だと思いました。歌詞からも蒲谷さんが追いかけた野鳥のさえずり、自然のなかを駆け巡る蒲谷さんのイメージを歌にしたのだと思います。
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 もし、長久さんがご存命ならば。私には「最近、野鳥録音で発見がありましたか?」とおたずねになると思います。私ごときが何をやっているのか知っているくらいですから、多くの研究者の方々の活動もチェックしていたはずです。言われるたびに、私は天の上の方から仏様のように見守られている感じがしました。多くの方も同じでしょう。そうした心の広い研究者は、長久さんくらいしか思い当たりません。
 結局、長久さんの断片的なことしか、書けませんでした。若い人にわかるように、当時の様子も合わせて解説しました。かえって知っている人は冗長になってしまったかもしれません。
 しかし、長久さんの人となりが少しでも伝わればと思います。青春時代はどう考え、どうすごされたのか。戦時中、戦後の動乱期はどうされていたのか。調べたいところです。
 長久さんが、戦後昭和時代の鳥類学を支え、日本の鳥類生態学を確立された功績は大きなものがあります。これからも研究者の指針になると確認します。それだけに、少しでも長久さんのことを知ってもらえれば幸いです。(おわり)

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 写真は、米寿のパーティであいさつをする長久さん。こうして写真を見ると、10年20年前と変わりません。

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