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2023年6月26日 (月)

大浜清さん・追悼

 入院中に知人の訃報を知るのは、つらいものがあります。
 まして、若い頃にお世話になった恩人となると、なおさらです。
 元千葉の干潟を守る会の代表の大浜清さんが亡くなりました。
 私が20才のときに40才でしたから90才を超えていたことになります。大浜さんとは守る会を通じ、さまさまな運動のお手伝いをさせていただきました。たとえば自然観察会指導や野鳥の調査はもとより、何千枚ものチラシ作り、駅頭でのチラシ配り、1万人署名集め、その署名をもとに陳情や請願などなど。同時に、活動のノウハウを教わったことになります。こうした活動を高野伸二さんに認められ日本鳥類保護連盟の職員になれたのですから、その後の私の人生に大きな影響をあたえた大恩人です。
 当時は千葉には日本野鳥の会の支部はなく、東京支部の新浜探鳥会で会ったのがはじめてだと思います。大学の近くに住んでいることがわかり、当時大学の同好会が行っていた印旛沼の調査にお誘いしたのだと思います。
 印旛沼では、カスミ網を見つけ警察に通報しました。なかなかパトカーがこないので、その間にいろいろ話し、千葉の干潟が埋め立てられて行くことを憂い、なんとかしなくてはというのが、守る会の発足になったのだと思っています。
 1971年3月の守る会の発足は、わずか17人、そのうち数人は大学の同輩や後輩でしたから今思えば、たよりないものです。しかし、これから干潟を守るのだという意気込みだけはありました。
 その後、干潟の保護運動は、全国干潟シンポジウムを行うなど、全国規模へ展開していきました。大浜さんの千葉での活動は、各地で活動を行う人たちにとって大きなささえとなりました。日本の干潟にとっても、大浜さんは大恩人だと思います。
大浜さん、いろいろお世話になりありがとうございました。
写真は、中央が大浜さんです。右が石川敏雄さん、左が愛知県の辻淳夫さん。汐川でのシンポジウムのパーティでしょうか。
少なくとも1970年代です。

Oohama

 

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コメント

ブログを再開されたので安心しました。私も、自分より若い方の訃報を聞くことが多くなり、少々焦っております。最後の大仕事として「日本鳥類声紋図鑑」に挑戦しております。このたび、下巻:スズメ目を上梓し、AmazonにてPOD版とKindle版を販売開始しました。松田さんらの録音データを利用しましたので、原稿段階でご挨拶のメールを差し上げたのですが、お読みいただけなかったようです。最終原稿のPDF版をファイル転送サイトにアップしておりますので、ご覧いただき、ぜひ感想をお聞かせください。なお、ダウンロードは7月31日9時までです。URLは、次の通りです。
 https://okurin.bitpark.co.jp/d.php?u=c4e6aYRdFBuyfJo
なお、ファイルを開く際にはパスワードを要求されます。パスワードは、私の郵便番号7桁ですが、分からなければメールでお問合せ願います。
私は現在、上巻:非スズメ目を執筆中で、あと1年はかかりそうです。お互いに、しぶとく生き抜きましょう。

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