考証

2017年10月14日 (土)

日本で最初の野鳥録音・その4

 1934年に、須走探鳥会でコノハズクのレコードを聴いた件です。
 まず、1930年代はポリドール、キングレコード、ビクターといったレコード会社が創立され、レコードが富裕層に普及していった頃と思ってよろしいかと思います。そのため、米山館にはレコードプレイヤーがあったのでしょう。当時のことですから、ハンドルでゼンマイを巻き、音は大きなラッパようなスピーカーから聞こえるタイプだったかもしれません。
 下記のNHKのサイトに生態放送の黎明期の話が載っています。なかなか思いしろいエピソードですので、ご一読をおすすめします。
 http://www.nhk.or.jp/bunken/research/history/pdf/20160401_3.pdf
 これによると、猪川さんは戸隠からの野鳥の生中継が成功したため、翌年は迦葉山からコノハズクの生中継を試みたことになります。しかし、1934年6月26、27日の生中継は、天候がわざわいしコノハズクが鳴かず、失敗したことになっています。加えて、須走探鳥会は6月2、3日に開催されています。探鳥会は、失敗した放送の20日以上前のことになりますから、放送とは関係のない音源をレコードにして持参したことがわかります。
 実は、私もTさんの案内で迦葉山にコノハズク狙いで、録音に行ったことがあります。1回目は2007年6月2、3日、なんと須走探鳥会と同じ日でした。2回目は、2009年6月18日ですが、いずれも天候には恵まれたもののコノハズクは鳴かず。生中継同様に失敗しています。昭和の初期に比べて、コノハズクの減少は著しいものがありますから、思うように鳴いてくれなかったことになります。
 さて、猪川さんは前年より仏法僧が鳴くという迦葉山に下見に行き、鳴いているのを確認して企画を立てます。当然、生中継の企画が通ったことで、下見を繰り返したと思います。悟堂が「けさ迦葉山で鳴いていたその鳥を、夜に岳麓できけるとは便利な世になったものである。」と言っているのが事実だとすると、6月1日の夜から猪川さん、あるいはスタッフが迦葉山におもむき録音したことになります。
 磁気テープによる録音が一般的になるのは戦後のことで、当時はまだテープによる録音機があったとは思えません。考えられる録音機は、蝋をひいたレコード盤に針を落としての録音です。これも推測ですが、蝋盤をSP盤のレコードにするのは手間も時間もかかります。ですから、蝋盤をそのまま持参したか、当時行われていたラッカーで固定したものを持ってきた可能性があります。
 蝋盤のレコードに加え、当時のマイクの性能などを考えると、皆に聞かせることができるくらいのクオリティの音とするためには、そうとう近くでコノハズクが鳴いてくれないと、無理だと思います。当時の迦葉山、コノハズクがひたすら多かったと想像できます。
 これ以前の野鳥録音の記録らしい記録はみあたりません。須走探鳥会の参加者が聞いたコノハズクの声は、日本で初めての野鳥録音かもしれません。記念すべき須走探鳥会は、日本で最初の野鳥録音が披露された歴史的な出来事であったのでした。
  S木♂さん、ネタのヒントありがとうございます。おかげさまで、黎明期の野鳥録音事情が、わかりました(終了)。

注記1:猪川さんによるコノハズクの生中継は、翌年の鳳来寺山から行われ成功します。この声を聞いて飼育されていたコノハズクが反応し騒動のきっかけとなります。ちなみに、このときの録音の音声はレコードにされて関係者に配られたようです。このレコードの一部は、笠井湧二の『仏法僧の不思議』(幻冬舎ルネッサンス・2006)に添付されているCDに収録され、今でも聞くことが可能です。
注記2:昭和9(1934)年6月2、3日に開かれた須走探鳥会を”初めての探鳥会”というのは、やや疑問です。探鳥会を指導するリーダーがいて複数の参加者を集め野鳥を観察するということでくくれば、同様の催しはそれ以前にも開催されています。”日本野鳥の会が探鳥会と銘打った初めてのイベント”が正しいかなと言ったところです。

2017年10月 8日 (日)

日本で最初の野鳥録音・その3

 実は、猪川さんが生放送をする以前にも、鳥に関するラジオ放送がありました。鳥の声をどうやって流したのか興味のあるところです。当時、鳥に関する唯一の雑誌であった日本鳥学会の1926年の『鳥』に『雑報・鳥に関するラヂオ放送』という小さな記事が載っています。無記名なので誰が書いたのかわかりませんが、当時を知る貴重な記事です。
 短い報告ですので、全文を引用すると『去る3月30日 東京放送局で鷹司公爵(注:鷹司信輔のこと)「飛行力を失った鳥とその運命」、黒田博士(注:黒田長禮のこと)「富士の鳥」、高田兵太郎老人ホトトギス雌雄、カッコウ雌雄、カラス親子、サンコウチョウ、トラツグミ、オオルリ、アオバト、キジバト、イカルなど野鳥14種、口笛と笛で実演』とあります。なんと、口笛と笛で鳥の声を真似して放送したのです。
 ちなみに高田兵太郎老人は、静岡県須走在住。くだんの須走探鳥会にも参加し、悟堂をはじめ北原白秋の前で鳥の物まねを披露。その見事さに皆を唸らせたという人物です。
 当時の新進気鋭の鳥類学者たちによって、新しいラジオという媒体を使い野鳥の知識の普及をしようとしたことになります。そのためにわざわざ須走から高田兵太郎を呼ぶというのは、当時としては凄い企画です。
 さて、本物の鳥の声が最初に電波に乗ったのは、昭和8(1933)年になります。猪川さんによる戸隠からの生中継です。
 たとえば、内田清之助が『野鳥礼讃』(巣林書房・1935)に「昭和8年5月、信州戸隠山で郭公其の他の鳴声を放送した。非常に見事に入ったし、且つは非常に珍しかったので、好評嘖々たるものがあった。これ偏えに、野鳥の会々員猪川珹氏が、当時の長野放送局長だったお陰である」という一文があります。
 また、猪川さんの『野鳥襍記』に寄せた悟堂の序文には「昭和7年、猪川氏は戸隠山に参詣、御神楽や宣澄踊を見られたが、この折りに、中社付近の林中に囀る諸鳥の声に恍惚とされた。当時長野放送局長在任の氏の第六感にこの鳥声がピンと来て、全然世の中にことではあったが、翌8年の晩春、これを放送され、画期的な成功を収めた。即ちこの年こそ我国放送史上に一新機軸を出した年であると共に、その後の猪川氏の大奮闘を培う原動力ともなった」とあります。
 これら以外、昭和8年以前に野鳥の声の放送が行われたという記述を見つけることはできませんので、戸隠から生中継が最初の野鳥の放送に間違いないでしょう。では、須走探鳥会は、その翌年となりコノハズクの鳴き声は、どういったいきさつで録音されたものなのでしょうか(つづく)。

2017年10月 3日 (火)

日本で最初の野鳥録音・その2

 悟堂さんは、同じことを野鳥誌から単行本まで何度も書いています。そのたびに微妙に言っていることが変わることがあります。そのため、初出の『野鳥と共に』(巣林書房・1935)から引用します。
 須走探鳥会のために、多くの参加者は東京駅に集合します。そのなかに「猪川前橋放送局長には初対面であった。早暁上州沼田の迦葉山で録音した声の仏法僧を、大変な早業で午前中に前橋に取寄せ、それを携えて午後1時までに東京駅に馳せつけられたのだそうである。須走へ持参して、宿の夜のつれづれに一行にきかせたいという御厚志である。」ということで、コノハズクのレコードを持ってきたのは猪川さんでした。なお、当時はまだブッポウソウが「ブッポウソウ」と鳴くと思われていたので仏法僧と表記されていますが、コノハズクのことになります。
 米山館とホテルに泊まる人がいたので「ではその前にというので、すぐに茶菓をかこんで、猪川氏持参のレコードの仏法僧を聴く。円盤が廻ると、ブッポウ、ブッポウと、かすかに、哀調を帯びて、その鳥が鳴く。けさ迦葉山で鳴いていたその鳥を、夜に岳麓できけるとは便利な世になったものである。目をつぶってその声を傾聴していると、静寂な山の鳥の姿と共に、流動してやまぬ時世の姿が一個のモンスタアのように眼底を過ぎてゆくのを覚える。」と、間違いなくコノハズクの鳴き声のレコードを皆で聞いたことになります。
 まず、猪川前橋放送局長は、猪川珹さんです。猪川さんは、須走探鳥会の写真にも写っています。後列の柳田國男の長女千枝子と画家の金澤秀之助の間から控えめに顔を出している丸いサングラスをかけた方です。多くの人がスーツにネクタイ姿、なかには和装の人もいます。猪川さんも洋装でマフラーをしているように見えます。また当時、サングラスをかけるのは、かなりおしゃれだったのではないでしょうか。
 猪川さんは、日本の野鳥史上、始めて野鳥の声を電波に乗せた人物として名を残しています。姓の猪川は”いかわ”、あるいは”いがわ”と読むことは間違いないでしょう。問題は名のほうで、コンピュータによっては名の漢字が表示されず?マーク、あるいは”白い四角”になっているかもしれません。unicodeの73F9、王編につくりが成という馴染みのない漢字です。読みは”せい”ですが何と読んでいたか不明です。ネットの情報では、生年は1886年、没年は1960年、74歳でお亡くなりになったことになります。著書は『野鳥襍記』(彰考書院・1956)があるのみ。しかし、自然番組の原点を探っていくと、この猪川さんの名前と仕事に行き着きます。そして、彼が企画し放送したコノハズクの声に飼育されていたコノハズクが反応して、「ブッポウソウ」と鳴く鳥はコノハズクと解明されるきっかけとなります。

Yatyosyuuki170922

 『野鳥襍記』には中西悟堂が序を寄せいてます。それによると猪川さんは、長野放送局長、前橋放送局長、仙台放送部長、京都放送局長を歴任したとなっています。どこの放送局か書いてありません。しかし、考えてみれば昭和25(1950)年に電波法が改正され民間放送が開始される以前の話、日本で唯一の放送局であったNHK(日本放送協会)ということになります。ただし、当時はそれぞれの地方の放送局名で呼んでいたようです。
 日本で最初のラジオ放送が行われたのは、大正14(1925)年3月22日。このときの呼びかけの「JOAK、JOAK、こちらは東京放送局であります」が第一声。ということは、猪川さんが活躍したのはラジオ放送が始まってわずか10年たらず、このときにすでに局長、部長という要職に着いていたことになり、かなりのやり手であったことがわかります(つづく)。

2017年9月29日 (金)

日本で最初の野鳥録音・その1

 『中西悟堂-フクロウと雷』(平凡社・2017)を読んだS木♂さんから「日本で初めて開かれた須走探鳥会のことが書かれていましたが、名前はいま思い出せませんが、誰か(猪川珹でした)がコノハズクの声をレコードに録音して持参したと書かれていましたね。私は日本最初の野鳥録音は蒲谷兄弟による御岳山のコノハズクだと認識していましたが、それより前にも録音があったのか?と思い、かつ録音されたのが同じくコノハズクだったのが不思議でした。」とのメールをいただきました。
 須走探鳥会とは、昭和9(1934)年6月2、3日に行われたもので、北原白秋、金田一京助など当時の文人画人が参加、いわば日本野鳥の会の創立を記念して行われた探鳥会です。初日は天気が悪く、薄着の柳田などはカゼを引きそう。そのため早めに宿に戻り、そこでコノハズクのレコードを聞いたことになります。実は、うかつにもこのくだりを読み飛ばしていました。私は、『定本野鳥記第1巻 野鳥と共に』(春秋社・1962)でも読んでいるはずなのですが、このエピソードに気が付きませんでした。まずは、S木♂さんに感謝です。
 蒲谷鶴彦さんと芳比古さんが、自作のテープレコーダでの最初の録音は御岳山、戦後の昭和26(1951)年7月19日です。このとき、録音したのもコノハズクの声です。また、日本で最初の野鳥のレコードは、1954-5年に発売された『野鳥の声1-3』(ビクターレコード)だと思っていました。このレコードは、日本野鳥の会収録となっていますが、ほとんどが蒲谷さんの音源で構成されています。
 いずれにしても、それをさかのぼること20年前にコノハズクのレコードがあったのでしょうか。
 こういう謎解き、楽しいですね(つづく)。

2017年7月 3日 (月)

不明のムシクイ類の鳴き声-六義園

 アップしようがどうか悩みましたが、参考のために記事にしました。
 5月の中旬、夏鳥の立ち寄りがさかんな六義園で、記録された鳥が謎です。
 見つけたのは常連さんたちで、私が合流したときも鳴いていると教わりましたが、私には聞こえない高い声でした。そのため、録音機にイヤーフォンと付けて聞くと、聞いたことのないが聞こえ慌てて録音しました。
 PCM-D100で録音。ボリュームのアップ、3,000Hz以下のノイズの軽減、ノイズリダクションをかけています。




 mp3ファイルに変換したため音が変質していますので、ご了承ください。5声目と6声目の間に「ビッ」という声が聞こえますが、最初はこの「ビッ、ビッ」とよく鳴いていたそうです。ですから、「あの『ビッ、ビッ』鳴く鳥はなあに?」というのが、常連さんたちの質問でした。
 カメラを持っている人もいたので撮影もされましたが、葉陰にいてしっかりと撮影できた人はいませんでした。ただ、ムシクイ類とわかる程度の画像は得られており、見た人も「ムシクイのように見えた」とのことでした。
 そのためコムシクイとあたりを付けて、いろいろ音源を聞いてみました。xeno-cantoには、学名:Phylloscopus borealis、英名:Arctic Warblerの音源は山ほどアップされています。このサイトの分類では、ユーラシア大陸の西から東、そしてアメリカ大陸のアラスカまで広く分布している種ということになっています。そのために、フィンランド、ロシア、モンゴル、アメリカなど各地で録音された音源が並んでいます。
 ひととおり聞いてみたのですが、そのバリエーションの多さには驚きました。かなりメボソムシクイに近い「ジュリジュリ」系もありました。これだけ、分布が広いのですからいろいろな鳴き方があっても仕方ないです。ただし今回、六義園で録音されたものと同じように聞こえる音源を見つけることはできませんでした。
 なお、最大公約数としては「ビッ、ビッ」を交えること、3,000~6,000Hzに基音があること、声紋が”ん”あるいは筆記体の”h”のようなパターンに見えることなどがあります。
 今回のものは、3,800~4,800Hzと範囲には入ります。パターンはどちらかというと、筆記体の”n”ですが似ています。また、前述のように「ビッ、ビッ」はありました。
 コムシクイの記録は、旧称のコメボソムシクイ、そしてオオムシクイとの混乱があるのでなかなか検索しきれません。確かなところでは、福岡県福津市、長崎県対馬や日本海側の離島程度、太平洋側の記録は見つけられませんでした。少なくとも最新の東京都の鳥類目録には載っていません。サイト上の目黒区の野鳥リストに入っていましたが、どうもオオムシクイのようです。
 となると、確定するのには慎重にならざるを得ません。現状では、可能性の一つとしてコムシクイの名前をあげておきます。今後、鳴き声による新知見により確定できるか、あるいは訂正するかもしれませんという前提でのご呈示です。

2017年6月29日 (木)

テンの声か?-日光

 梅雨空が続くので、音源の整理をしています。
 ふと思い立ったのは、どこかにテンの声が入っていないかと思って探してみました。
 日光では、テンとの遭遇が多いです。だいたい、戦場ヶ原の木道の上には、かならずといって良いほどテンの糞があります。同様にキスゲ平の階段や遊歩道にもあります。小倉山の頂上付近の山道を歩いていた時、向こうからネコが歩いてくると思ったらテンでした。私に気がついて長い尾を翻し森のなかに消えていきました。大笹牧場の牧柵の上を歩いていたこともあります。夜明け前の暗い霧降道路を走っていると、ヘッドライトを受けたテンの目がピンポン玉が弾むように見えたことがあります。これだけいるのですから、どこかにテンの声が録音されているのではと思いました。
 まず、Youtubeで「テン 鳴き声」などで検索して、どんな声で鳴くか調べてみました。だいたいギャー系の鳴き声でした。とくに捕獲されてたものはよく鳴いていますし、比較する音源としては間違いありません。
 これらを頭に入れて、長時間録音のなかから、謎や不明とファイル名の付いた音源を聞いてみました。それらしい鳴き声がありました。
 YAMAHA W24でタイマー録音。2012年8月10日午前4時19分頃。ボリュームのアップをしています。



 いかがでしょうか。ネット上にあるテンの声に似ています。この前後には歩くような音も入っていますが、鳴き声はこれだけでした。少なくとも、フクロウの雌とも違いケモノ的な声だとは思います。
 哺乳類の鳴き声は、参照となる音源がなかなかないのが悩みです。こうして、アップしていくことで、ご意見などいただければと思います。
   

2017年6月26日 (月)

「ヒバリの高鳴き」って、あり?

 ネットで鳴き声についていろいろ調べていたら「ヒバリの高鳴き」という言葉が出てきました。かなり違和感をおぼえましたので、調べてみました。
 たとえば、ペット系のサイトに「(ヒバリの)オスは、春になると自分の縄張りを構えて縄張り宣言をします。これは『ヒバリの高鳴き』という仕草で、空中を高く舞い上がりホバリングしながら鳴き続けます。」とあります。”行動”というところを”仕草”、なわばりを巡回するので”ホバリング”はしてないでしょと突っ込みどころはあります。しかし、検索すると同じ言葉がバードウォッチャーや野鳥カメラマンらしい個人のサイトでも使われ、いくつも上がってきます。
 いろいろ検索方法を変えてみると、もっとも古いものが2004年のサイトで、それ以前の書き込みでは見つけることができませんでした。最近になって使われるようになった言葉なのでしょうか。
 違和感をおぼえたのは、高鳴きとはモズが秋に山から下りてきて平地でなわばりを構えるために鳴く声のことだと、ずっと思っていたからです。高い所にとまって鳴く、あるいは高い声で鳴くから高鳴きと思っていました。ですから、モズに対してのみに使う言葉として、今まで認識していました。
 そのため、ちょっと調べてみました。江戸時代の文書を集めた『古事類苑』(神宮司庁・1896-1914)のモズの項には、高鳴きという言葉はありませんでした。同様にヒバリの項にもなく、高鳴きそのものも言葉として収録されていませんでした。
 また、鳥の文化的な資料を羅列してある『鳥』(亀井紫雲、内田清之助・1929)のモズはもちろん、ヒバリの項にも高鳴きという言葉を使っての解説はありませんでした。てっきり野鳥についての俳句の季語を集めた『野鳥歳時記』(山谷春潮・1943)を見れば、秋の季語として載っているかと思ったのですが、モズ、ヒバリともありません。このあたりの本をざっくり調べていて、思い当たったのが川口孫二郎の『自然暦』(1943)です。やはり、「モズの高鳴き七十五日」がありました。信濃のことわざで、モズが高鳴きをしておよそ2ヶ月半後に霜が降りるという意味です。これ以降、このことわざの引用とともに高鳴きが流布した可能性があります。
 ということは、信濃の人たちはモズの高鳴きという言葉を大昔から使っていたが、野鳥関係で使われるようになったのは1943年以降、実質的に戦後であった可能性があります。ちなみに、『自然暦』に「ヒバリ高く上がれば晴天」はあるものの高鳴きはありません。
 すべての鳥関係の本を調べたわけではありませんので、ひょっとしたら他にもあるかもしれませんが、今のところヒバリの高鳴きは見つけることはできませんでした。
 高鳴きは、専門用語して定義されている言葉ではありまんので、混乱を招くこととなります。”笹鳴き”をウグイスのみに使用するのと同じで「藪のなかでミソサザイが笹鳴きをしていた」と言われると、違和感を覚えると同じです。
 私としては、やはり高鳴きはモズのみにか使いませんね。

2017年6月20日 (火)

サンショウクイの幼鳥の声-地鳴き問題

 サンショウクイは、山椒の実を食べ辛くて「ヒリリンヒリリン」と鳴くので山椒食い、この鳴き声は、求愛と縄張り宣言の意味を持つ”さえずり”とされています。以前、エナガとケンカをしているサンショウクイが同じような鳴き方をしていたので、ほんとうにさえずりで良いのか疑問に思っていました。また以前、拙ブログにさえずりとして記事を書いたところ、越冬地の東南アジアでも同じ鳴き方をしていたという報告をもらいました。サンショウクイの地鳴きは、録音はもちろん聞いたことがないので、この鳥のさえずりと地鳴きの違いが気になっていました。
 先週、南信州在住のM松さんから、名前のわからない瀕死の雛を拾ったと相談を受けました。M松さんは、最初のバードカービングの入門書「バードカービング入門」(朝日ソノラマ・1980)に載っているツバメの作者で、当時は学生。ツバメの細くて長い尾を創り、木で羽毛を表現ができると確証する作品を作ってくれました。今は自然豊かな環境の地に根を下ろし、地元ではその風貌から監督の愛称で親しまれています。言っておきますが、現場監督ではなく映画監督です。
 ところで、瀕死の雛は写真を見るとサンショウクイでした。「クルマのボンネットにベッタリと張り付いていました。死んでいるものとばかり思い取り除こうとするとかすかに震えているので、とりあえず緊急保護して保温してみたところ元気を取り戻しました。」とのこと。誘拐か保護か微妙な状態ですが、夕方で放鳥しても親と遭遇する可能性は低いと判断、また青虫を与えたら食べたとのことでしたので、取りあえず一晩様子を見てもらうことにしました。
 ということで、鳴き声を録音してもらいました。なんとM松家には、子どもの音楽会を録音するために奥さんが購入したオリンパスの最新機種LS-P2があるというではないですか。それも一回も使用していなのですから、サンショウクイが録り下ろし。さっそく餌をねだる声を録音してもらいました。M松さんのご了解を得て、下記にアップいたします。
 オリンパスLS-P2で録音。1,000Hz以下のノイズを軽減、ボリュームの調整をしているだけです。



 なんと幼鳥もさえずりとあまり変わらない鳴き声です。幼鳥がさえずるとは思えず、サンショウクイは、さえずりと地鳴きの鳴き方にあまり違いがない鳥と言えます。
 以下は推測ですが、餌ねだりも求愛、縄張り宣言の意味で共通しているのは”自己主張”です。この自己主張の強弱、テンポなどで彼ら自身、鳴き分け聞き分けているのではないでしょうか。
 出会いの少ない鳥だけに、なかなかサンプルを集めることができませんが、今後野鳥録音が普及すれば、いろいろ解明できる可能性を秘めている鳥でもあります。
 ところで、放鳥をしようと外に出したところ、餌をねだって付いてくるほどなついてしまったとのこと。それならば、部屋のなかで追い回しリハビリをするなど、放鳥計画を立てていました。しかし、残念なことにM松家で10日生きながらえたサンショウクイの幼鳥は、娘さんの見ている前で息絶えてしまったそうです。野生動物は難しいですね。M松家には、いろいろ思い出を残してくれたことと思います。
 サンショウクイの幼鳥の冥福を祈ります。
 M松さん、いろいろありがとうございました。

追記:「サンショウクイ 地鳴き」でネット検索すると、Youtubeに権現山で8月に撮影された動画が投稿されていました。これでは、羽繕いをしながら「ピッ」という声で鳴いているようすが、撮影されており地鳴きとなっています。声紋を採って見ると、1声の「ピッ」に聞こえますが、実際は3~4音の連続で、「ヒリリン」の「ヒ」の部分に相当するパターンを示していました。いつも鳴いている声の断片という感じです。

2017年6月 3日 (土)

伊香保の謎の鳥・考

 謎の声が蒲谷鶴彦先生に送られたのは、2001年6月のことだったと思います。私の手元にある音源ファイルの日付が、2001年6月7日になっています。音源は、カセットテープだったと記憶しています。群馬県の伊香保森林公園で野鳥録音のベテランのM野さんがこの年の2001年、そして翌年の2002年にも収録しました。
 野鳥録音の仲間のTさんが、Birder誌の編集長をしていた2003年5月号の特集「バードリスニング入門」に、コラムネタとして紹介されていたと思います。思いますというのは、バックナンバーを本の山の中から見つけ出せないのでもうしわけございません。
 また、検索すると下記のURLが出てきますが、残念ながら音源へのリンク先にはつながりませんが、大まかの状況が書かれています。

http://www.kimuhiro.sakura.ne.jp/homepagekimuhiroSakura/kimuhiro50/newbird43/newbird842.html

 そのため、記憶と手元の音源から概要を書きます。謎の声は「ポ、ポ、ポー」と3声で柔らかい音質の声です。音は600~900Hzの間にあり、最後が尻上がりに聞こえます。4月下旬から鳴いていたとのこと。私が最初に聞いた印象では、ヤツガシラの声に似ていると思いましたが、姿を見たという人がいて「カッコウの仲間だった」と伝え聞いています。蒲谷先生は、この鳥のために伊香保に一度行っていますが、録音できませんでした。先生は「伊香保の謎の鳥ってなんだろう」と、ときどき気にとめておられました。そのため、先生がお亡くなりになってからも機会があれば解明したいと思っていました。
 今までの事実から、夏鳥、森林性の鳥、「ポポ」系の声で鳴く、そしてカッコウの仲間となるとツツドリが思い浮かびます。ただ、ツツドリのさえずりは2声で、それが3声になるようなバリエーションは、聞いたことがないので懸案となっていました。
 最近、ツツドリの分類に動きがあり、チェックしてみました。かつて、ツツドリはヒマラヤから中国、ロシア、そして日本まで広く分布する学名Cuculus saturatus、英名Oriental Cuckooとされてきました。ただ、マーク・ブラジルさんの”Birds of East Asia”によると、中国、台湾のものを学名Cuculus saturatus、英名Himarayan Cukkoo(Hymarayan Cukkoo)[和名:ヒマラヤツツドリ(暫定)]として、ロシアから日本のものを学名Cuculus optatus、英名Oriental Cukkoo[和名:ツツドリ]に分けています。これは、亜種といわれていたものを別種にしたものです。問い合わせのあった当時もネパールのカセットテープを買ったりして、ヒマラヤツツドリの声を探したのですが、聞くことができませんでした。ヒマラヤやインドの図鑑には、鳴き声が4声とか書かれていたのですが、実際の声を聞かないことには話になりません。
 そうなると、ヒマラヤツツドリの鳴き声が気になります。あれから10数年たって、今では聞くことができます。まずは、”Birds of East Asia”のe-Book 版をお持ちの方は、聞いてみてください。収録されているのは、中国のHunanで録音されたもので「ポ、ポ、ポ、ポ」と4声のパターンで鳴いています。この音質が、伊香保の謎の鳥によく似ていることに気がつきました。
 そのため、xeno-cantoのCuculus saturatusの声を聞いてみました。中国、インド、ネパールで収録された音源がアップされています。
 http://www.xeno-canto.org/explore?query=Cuculus+saturatus
 たしかに4声が多いのですが、5声もあります。ということは、3声もあるかもといったところです。
  ここまで書いたところで、Tさんからコーネル大学のサイトに音源がアップされているとの情報をいただきました。
https://search.macaulaylibrary.org/catalog?date.beginMonth=1&searchField=species&hotspot=&date.beginYear=1900&date.endYear=2017&hotspotCode=&taxonCode=&view=Gallery&regionCode=&action=show&date.yearRange=YALL&date.endMonth=12&onlyUnrated=false&includeUnconfirmed=&behaviors=&sex=&date.monthRange=M1TO12&start=0&count=30&mediaType=Audio%2CPhoto%2CVideo&sort=upload_date_desc&userId=&q=Cuculus+saturatus&species=&region=&user=&age=
 4声が多いのですが、3声もありました。ただ、尻上がりになっていない平坦な鳴き方をしています。この鳥の分布域はバードウォッチングがさかんとも思えず、アップされている件数は多くありませんので、まだバリエーションがある可能性があります。ということで、解明とまでは行きませんが、伊香保の謎の鳥として、ヒマラヤツツドリを可能性のひとつとしてあげておきます。
 じつは、伊香保のM野さんとは、以前メールのやりとりをしていましたが、音信不通となってしまいました。そのため、肝心の謎の鳥の声をアップすることができませんが、これらサイトにアップされている音源を聞いていただき、頭の片隅にでも記憶しておいていただければと思います。鳴き声で発見できる、出るかもしれない種となります。
 ということで、鳴き声から日本産の鳥が1種増えるかもしれないと思うと、わくわくします。

2017年5月31日 (水)

夜行性の鳥って?

 S木♂さんのお誘いで、東京西部に生息するミゾゴイなど夜行性の鳥の調査をお手伝いしています。
 ミゾゴイの研究家・川名国男さんの『ミゾゴイ-その生態と習性』(2012・自費出版)によれば「ミゾゴイは夜行性の鳥ではない。夜に鳴くが雛には昼間、食べ物を持ってくるし活動している」という主旨のことが書かれています。たしかにその通りで、鳴くのは日没から夜明けまでですが、昼間に姿を見ることがあります。林道を車で走っていると前を横切ったり、登山道からふわっと舞い上がったり、昼間も活動していることは間違いありません。
 同じように夜行性の鳥と言われるトラツグミは、いかがでしょうか。鳴くのは、かなり暗くなってからです。だいたい初夏の森ならば午後9時以降、多くの夜行性の鳥が日没とともに鳴き始めるのに対して、完全に暗くなってから鳴く傾向があります。鳴く時間だけで見れば、完全な夜行性の鳥です。しかし、昼間も良く出会います。越冬期ならば、明るい海辺の防風林でさかんに地面を歩いているという出会いです。繁殖期、ミミズを口いっぱいに加えて雛に与える写真を見たことがありますが、昼間です。また、林道の際でミミズを探す姿を見ることがあるのではないでしょうか。これを見れば、トラツグミも夜行性とは思えない姿です。
 このほか、ゴイサギはいかがでしょうか。日没後にねぐらから飛び立ち、活動を始めますが、昼間もよく動いています。ゴイサギの研究家・E藤さんは、薄暮性という言い方をしていますが、そんな分け方も面白いと思います。
 フクロウやコノハズクが昼間鳴いているのを聞いたことがあります。このほか、夜行性と言われている鳥を見ると、いろいろ例外が出てきそう。
 今後の課題としての話題でした。

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