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徒然

2019年9月20日 (金)

宝城寺で江戸時代からの井戸水を飲む

 本日は彼岸の入りですので、池袋の雑司ヶ谷にある宝城寺に墓参りに行って参りました。
 雑司ヶ谷墓地を抜けたところにある宝城寺は、江戸時代の元禄15年からこの地にある古いお寺です。ですから、江戸名所図会(1834~1836)にも載っています。台地の上は雑木林、現在は雑司ヶ谷墓地になっています。この台地の縁に宝城寺があって、下は田んぼが広がっていました。江戸名所図会の宝城寺の部分です。

Houjyouji2 宝城寺は、雨乞いのお寺として親しまれたと言われています。今でも境内に「祈雨日蓮大菩薩碑」が残っています。稲作中心の当時としては日照りがいちばんの災難です。平地部分は田んぼなのですから、日照り続きの時は祈りを捧げたことでしょう。
 また、境内には日照りの時も枯れることのない井戸があったと言われています。井戸は、今でもあります。昔懐かしい手押しポンプです。

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 この手押しのハンドルを上げ下げして水をくみ出すのが子どもの頃のお手伝いでした。
 隣には水道があります。飲み比べてみると、当然のことながら井戸水は冷たくて美味しい、江戸時代から続く井戸水かと思うとなおさら美味しく感じました。
 台地にあるお寺ですから「檀家さんが都電の護国寺の駅を降りて歩いて来るのが本堂から見えた」という先代の和尚さんが言っていました。ついこの間、戦後間もない頃の話です。今ではマンションが建ち並び、建物に囲まれてしまい想像すらできません。
 江戸名所図会の挿絵の風景が、和尚さんの話の片鱗をうかがえます。

2019年6月16日 (日)

ホトトギスの雰囲気のある音-日光

 録音をはじめた頃、ホトトギスが少ない年が数年続いたため、なかなか良い音が録れませんでした。あるとき、車を止めるとホトトギスが頭の上で鳴いてくれ、やっと録音することができました。このとき、あまりのけたたましい声に驚いたものです。
 しかし、ホトトギスの鳴き声は万葉の歌人を魅了し、江戸川柳でも大人気な鳴き声です。なぜ、こんなけたたましい鳴き声が良いのか、詫び寂びを感じるのか疑問に思ったものです。その後、しばらくして日光で里山の風景が広がるエリアで、農家からはニワトリの声が聞こえ、山の向こうからホトトギスの鳴き声が聞こえたことがありました。このときのホトトギスの鳴き声は、日本人の心に響く里山の風景に溶け込んだ音でした。古来より日本人を魅了してきたホトトギスの鳴き声は、これなのだと思いました。ホトトギスの鳴き声は、遠くで聞くものだと思ったものです。
 同じように、秋に聞こえるシカのラッティングコールも同じ体験をしています。近くで聞いたら雄叫びです。しかし、秋の夜に山を越えて聞こえて来るシカの声は、胸に迫るものがあり、まさに小倉山百人一首の世界の音です。
 しかし、ホトトギスもシカの声も、遠くで鳴いているのを録音すると、ただ音が小さいだけの音源となります。おそらく、聞いている人は聞きづらいためボリュームを上げてしまうでしょう。結果、ゴーッという環境ノイズに埋もれて、かすかに「ホトトギス」と聞こえ、聞きづらいなあと思われてしまいます。
 いかに雰囲気のある音を録るか、環境録音の課題でしょう。
 今回の日光行きで録れた音から、少しは雰囲気のあるホトトギスの鳴き声にすることができました。YAMAHA W24で録音、ボリュームのアップ、500Hz以下の低音の軽減、かるくノイズリダクションをかけています。 

 午前3時30分頃、まだ暗い時刻です。そのため、まだフクロウが2羽鳴き合っています。もっとも早起きのアカハラがさえずりはじめています。
 近くのホトトギスの他、もう1羽遠くでもホトトギスが鳴いて、これも鳴き合っているのでしょう。フクロウの鳴き声を聞きやすいようにボリュームを調整してもらえるば、ホトトギスもけたたましさを感じないレベルに聞こえると思います。お試しください。
 

 

 

2019年4月26日 (金)

コメントが消えてしまったので

 ココログの不具合が、いまだ続いています。左側にあるリンク先は、あいかわらず表示されないリンク先もあって困っています。また先日、せっかくコメントをいただき返信をしたものの表示されませんでした。もし、コメントを寄せていただいた方がアク禁されたと思われるといけないので、ブログ記事として再録いたします。
 コメントは、コムクドリさんからで、当を得るモノでした。

 松田様
 いつも興味深く読ませていただいております。
 「小石川植物園。六義園でも鳴いているので雄」という記述から雌は鳴かないという様に理解できるのですが、2015年12月4日『フクロウは雌もさえずるのか』を読むと雌は鳴くことが分かります。この点いかがでしょうか。

 私の返信です。
 コムクドリ様
 コメント、ありがとうございます。
  私の聞いた、あるいは録音したことのあるフクロウのメスは、前後にメス特有の「ギャ」系の声をだし、「ゴロスケホーホー」は一声くらいでした。
  少なくとも3月23日のものは、12分32秒にわたって鳴き続け、その間「ギャ」系の声は前後も含めてありませんでした。そのため、雄の鳴き声を判断したものです。

 フクロウの雌雄がわかりにくいことに加えて、暗いなかで鳴くので飼育記録や巣箱での観察による雌雄の鳴き声の違いですから、今後いろいろな機材が開発されて夜の観察ができるようになれば、新発見があるかもしれない世界です。現状での推測あることをお断りしておきます。

2019年2月19日 (火)

千鳥笛・再録

 先日の千鳥笛について記事にしました。Facebookのコメントやメールでのおたずねがありました。たしかブログの記事にしたと思いリンクさせようと検索しても出てきませんでした。あとで、『野鳥を録る』(2004・東洋館出版社)のコラムに書いたことを思い出しました。
 ということで、再録しておきますので、ご参考にしていただければと思います。

 蒲谷コレクションのなかに、宮内庁新浜鴨場の千鳥笛の録音が残っています。1970年代に収録されたもので、千鳥笛の実演とともに昔の新浜のようすを語るインタビューも録音されています。
 千鳥笛は千鳥猟のときに鳥たちを呼び寄せるためのもので、今では失われてしまった猟法です。千鳥猟は、堀内讃位の『鳥と猟』(1945年、昭森社)によると「岸に近い川底を掘り掘り取った泥土を一方に盛り上げ、幅2間(注: 1間は1.8m)、長さ4間ほどの傾斜地を築く。これに略同大の網を、開帳したまま張る。」もので無双網に近い猟法であると、詳しく紹介されています。
 そして、千鳥笛は「頃合いを見はからって、鳥舎に潜んでいた福田名人が笛を吹く、それは恰も水上に頭を出している築場を差して、此所に来れと云わんばかりである。」とあり、そして網を引くとまさに一網打尽に捕らえるとあり、さらにこの作業は続けて行われ、笛に誘われて何度も捕らえることができるとあります。これを読めば、一度は聞いてみたい、吹いて見たいと鳥好きなら思ってしまいます。
 蒲谷の録音は、福田名人のものではなく峰崎寒太郎さんのものですが、すでに故人。貴重な録音です。録音を聞く限り、チドリの声の雰囲気はかなり近いものがありました。また、この録音にはチドリばかりではなくシギの仲間のキアシシギ、アオアシシギ、チュウシャクシギなども吹き分けられており、いろいろな種類のレパートリーがあることもわかります。
 数本の笛から、それぞれの鳥の特徴を捉えて吹き分けている技術はたいしたものです。さらに、シギチドリ類ばかりではなくクイナ笛もあり、これまたヒクイナの声によく似ています。
 なお、千鳥笛はシノタケの茎を短く切って音が出るように小さな穴があいているだけのごく簡単なものです。シノタケは今でも新浜鴨場のまわりに今でも生えていますし、手先の器用な人ならば作れそうです。しかし、鳥を呼べるだけの音を出すためには、本物のシギやチドリの声が頭にしっかりと入っていなくてはなりませんし、それなりの練習と年期がいりそうです。

2019年2月15日 (金)

最後の千鳥猟かも

 古い写真を整理していたら、カミさんのアルバムから1枚の写真がはらりと落ちました。

Tidoriryo

 モノクロ写真です。わかりにくい写真で恐縮ですが、よく見ると千鳥猟のようです。
 時代は、1970年代のはじめ頃。1970,1年だと思います。
 なんとサンドパイプの上で千鳥猟をしているのです。
 身を隠すための木の葉のついた枝を並べ、このなかに編み笠をかぶった男性が1人、その後ろに帽子をかぶった人が1人います。このうち、どちらかが笛を吹いてシギやチドリを呼んでいたはずです。笛の音に釣られて来たシギやチドリに、長い竹竿に張ってある網をぶせて捕らえる猟です。
 それを横から撮影しています。どうも、現在の行徳野鳥観察舎があるあたりから保護区内に向けて写した感じです。現在の保護区内のレイアウトを作るために、干潟だった場所にサンドパイプで土砂を入れました。その土砂が、まだ乾かないでドロドロだった頃です。このような状態のときには、干潟のなかの生物の死骸や栄養があるために大量のハエの仲間が発生しました。それを食べるために、ハマシギやトウネンなど小型のシギが群れでやってきていました。それを、取ろうということで千鳥猟でしょう。
 造成された土地は、1年くらいで乾いてしまうので鳥はこなくなります。周辺の干潟もなくなり、新浜での千鳥猟をやっていた風景も話も聞かなくなりました。
 もしかしたら、この写真が最後の千鳥猟かもしれません。

2018年12月12日 (水)

時報のある生活-リズム時計の「四季の野鳥」

 「ピッピッピ、ポーン。3時をお知らせいたします」
 昔は、定時になるとテレビ画面に時計が映って秒針が重なり、時報が鳴りました。また、家には柱時計があって、3時ならば3回「ボーンボーンボーン」と鳴り、「おやつの時間だ」と子ども心にわくわくしたものです。

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 (水上清一さん制作のハシブトガラスのバードカービングと撮りました)

 今は、時間を知りたければスマホを見ます。こうして原稿を書いているときも、コンピュータの画面の片隅に表示もされています。ですから、今何時か知ろうと思えば、苦労することなく時間がわかります。
 しかし、定時の時報はなくなりました。
 アナログの柱時計は、夜中も鳴るので目が覚めると言うことで、壊れたことをきっかけになくなりました。いつの間にか、テレビの時報がなくなりました。BS放送開始当時、時報が微妙に遅れることが気になっていました。さらに、デジタル放送では圧縮された情報を解凍しているのでタイムラグが生じ、正しい時刻を伝えられなくなったためだそうです。それ以前に、民放では定刻を無視して、ドラマやニュースが始まることもあります。
 いずれにしても、「ピッピッピ、ポーン」も「ボーンボーンボーン」も今や懐かしい音となりました。
 リズム時計工業株式会社と日本野鳥の会がコラボして野鳥の鳴き声が聞こえる掛け時計「四季の野鳥」が家に来てから、定時の時報を聞くようになりました。もちろん、「ボーンボーンボーン」でなくて鳥の鳴き声が定時を知らせてくれるようになりました。午前11時だとわかれば「午前中、もう少しがんばるか」と思いますし、午後4時ならば「そろそろ夕方の散歩に行こうか」となります。ちなみに、部屋の明かりが消えれば、センサーが働いて鳥が鳴くことはなくなりますので、昔の柱時計のように起こされることはありません。
 いずれにしても、定時の時報があるおかげで、生活にメリハリができることがわかりました。
 ご参考までに以前の記事です。
  http://syrinxmm.cocolog-nifty.com/syrinx/2018/10/post-47c0.html

2018年11月28日 (水)

訃報・中村司先生

 山梨大学名誉教授の中村司先生がお亡くなりなったとお知らせが回って参りました。享年91才だそうです。
 中村先生は、私が日本鳥類保護連盟の時代からお世話になった恩人の一人です。学会はもとより、シンポジウムや記念パーティなどには必ずお出でになり、先生のほうから声をかけていただき、お話しをする機会がけっこうありました。話題は、私が取り組んでいるテーマで、私の本や雑誌に書いたことを読んでいることは間違いなく、最近ではこのブログも目を通されていて、そのマメさにはおどろかされました。
 最後にお会いしたのは、上田恵介さんの退官記念の講演会でしょうか。このときも遠くから、頭を下げていただきました。先生は、たいへん小柄で腰が低いため挨拶をされると、どうしても私よりも頭が低くなってしまいます。腰の痛いときは、頭を下げられず恐縮してばかりしていました。
 先生のお父様は、中村幸雄さんでやはり鳥類学者として、日本の鳥学の黎明期を支えた方です。コノハズクが「ブッポウソウ」と鳴くことを鉄砲で射て実証されたり、蜂須賀正氏(まさうじと読む。こう書かないと何で彼だけ”氏”を付けるのかと言われたことがある)と、ボルネオに有尾人を探しに探検に行き、新種の鳥を捕獲した採集人の1人でもあります。
 先生は戦後、いち早くアメリカに留学されて日本の鳥学を発信、海外の研究を日本に紹介するなど、戦後日本の鳥学の発展にご尽力されました。ご専門の渡り鳥の研究では、ホルモンが渡りに与える影響を実証され、ライフワークとされていました。
 山梨大学で教鞭をとられた期間は長く、退官後も教壇に立たれていたようです。「最近、耳が遠くなって女子大生が話すのに近づかないと聞こえない、セクハラと思われるので、そろそろ辞めなくては」と、おっしゃっていたのがついこの間のように思い出しました。
 拙ブログでは、過去に先生のご著書『渡り鳥の世界』(2012・山梨日々新聞社)を紹介しております。渡り鳥の謎が解明できて先生の鳥へのあたたかいまなざしを知ることができます。
 http://syrinxmm.cocolog-nifty.com/syrinx/2012/04/post-32cd.html
  写真は、パーティでの一コマ。プリント写真ですから、20年くらい前かもしれません。まだ、みんな若いです。故・江戸家猫八(当時は小猫)さんもいっしょです。

Photo

中村司先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

2018年10月 1日 (月)

台風の影響-六義園

 昨夜、東京地方を通り抜けた台風24号の被害が心配で六義園へ行って見ました。
 本日、歩けるのは入り口付近から池のまわり半周ほど。それ以外は、立ち入ることができませんでした。職員の話によると、奥のほうではケヤキの木が折れて順路をふさいでいるとのことで、今までない被害が出ています。ただ、幸いなことに名物のシダレザクラや建物には被害はありませんでした。
 立ち入り禁止になっていた千里場、落ちてきた葉や枝でいっぱいです。

1810011

 家からみた枝折れです。順路の上にいつ落ちるかわかない折れた枝があると除去されるまで通行止めになる可能性があります。

1810012

 ところで、昨夜11時30分頃の風の音です。あの強風のなか、アオマツムシが鳴いていました。いったい枝にどうしがみついて鳴いていたのでしょう。しかし、さすがに突然の強風になると鳴きやみました。

「180930_001.mp3」をダウンロード


 

2018年9月13日 (木)

カミナリの被害-六義園

  涼しくなったので六義園を一回り。常連さんも、顔をそろえてご挨拶です。
 以前、記事にした落雷の跡を見たら、立ち枯れていました。   
  落雷があったのは8月13日で、19日に落雷の跡を報告しています。
  http://syrinxmm.cocolog-nifty.com/syrinx/2018/08/post-ef9f.html
 このときの写真を見ると、スダジイの木の皮ははじけ飛んだようにめくれていますが、まだ木は青々しています。
 ところが、今日見ると葉が枯れて茶色になっています。さらに、周辺のクスノキやスダジイ5本も枯れていて、よく見ると木の皮がめくれています。

Tree180912
 
 落雷の被害は、1本だけでなくて周辺の5本の木に及んでいたことがわかります。よく稲妻が枝分かれして落ちていく映像があります。まるで大規模な線香花火のように2,30m四方に稲妻が走ったことになります。木の下での雨宿りはもちろん、離れていてもやばかったことになります。
 この5本の木が無くなると、この周辺はぽっかりと空いてしまいます。池の畔がかなり寂しい感じになってしまうのが心配です。
    

2018年8月 6日 (月)

流れの音-日光

 昨日に引き続き、涼を求めて日光を歩きました。
 霧降高原のキスゲ平です。もう、ワレモコウなど晩夏の花が咲き始めています。
 気温は、100m上がれば0.6度下がるはずです。キスゲ平は、駅前に比べれば約1,000m上がっていますので、市内の気温が30度ならば、24度のはずです。車の温度計では、25度まで下がりました。さすがに、日陰はここちよい涼しさです。
 遊歩道を歩いて行くと、小さな流れが涼しげに聞こえました。合間にウグイスが鳴いてくれて、良い感じでした。録っている時には、気が付かなかったセミが入っていました。標高の高さからコエゾゼミでよろしいかと思います。私には、聞こえない音の高さも特徴です。
 PCM-D100で録音、低音ノイズの軽減、コエゾゼミの音域のボリュームを軽減しています。

「kirifuri180803_002e.mp3」をダウンロード

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