徒然

2020年8月25日 (火)

山の秋の音-日光

 先週末は、日光でした。
 少しでも野鳥たちの鳴き声が録れればと思い出かけました。3日間いたのですが、雨に見舞われ、思うように録音できたのは1日だけ。今年も天候に恵まれません。
 人の世界では新型コロナ騒動が収まりませんが、自然は着実に季節が移ろっていました。標高1,400mあたりの霧降高原では、秋の花が咲き始め、空気も秋めいていました。
 音も秋らしい音が録れました。YAMAHA W24で録音、ボリュームのアップ、ノイズリダクションをかけています。

   

 午前5時30分頃の音源を40秒ほど、切り取っただけです。もう、小鳥たちのさえずりは聞こえませんが、シジュウカラ、カケス、アオゲラの鳴き合う声が入っていました。
 いずれも、秋の風情を感じさせる鳴き声です。
  

 

 

2020年8月24日 (月)

ディスプレイ碑-村澤嘉信さん

 あしだちの会の元会長、村澤嘉信さんがお亡くなりなったとご連絡をいただきました。

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 私とは「10才違うね」と話したのは、私が還暦のとき。その私が70才になりましたから村澤さんは80才の計算になります。
 あしだちの会は、おもに東京都足立区在住の会員と首都圏の探鳥地でバードウォッチングを楽しむ会です。発会のきっかけは荒川の鳥類調査のため、この調査も引き続き行っています。私は、カミさんの実家が足立区の関係で、義父義弟が入会したのをご縁に参加させていただきました。芝川第一調節池、北本公園、舎人公園は、この会で初めて行き、その後、何度も行く取材地となりました。
 全体で100名、2,30人が参加してくる会ですからリーダーの人柄が全体に影響します。ひとえに、村澤さんのお人柄が会の雰囲気になっていた印象です。ようするに、鳥好きのオジさんが鳥や自然好きのオジさんオバさんを率いている感じです。
 私としては、今バードウォッチングを楽しんでいる人たちの動向を観察させてもらえる貴重な会でした。年齢構成、男女比、皆さんの関心事などなど、観察させてもらいました。いわば、村澤さんのおかげで、ネタを仕入れることができ感謝にたえません。
 また、昔の日本野鳥の会東京支部の探鳥会の雰囲気に似たものを感じていました。見たい鳥はきれいな鳥や数の少ない鳥で、あまりスズメやカラス類には関心がありません。もちろん珍鳥を見に、連れ添ってポイントまで行く熱心さもあります。いわば昭和のバードウォッチングです。
 昭和のバードウォッチャーの一人、村澤さんのご冥福をお祈りいたします。
 

2020年7月21日 (火)

幼鳥の鳴き声の録音

 カミさんが戦場ヶ原で、カケスの幼鳥の鳴き声を録音してきました。
 YAMAHA W24で録音、ボリュームのアップ、600Hz以下のノイズの軽減、ノイズリダクションをかけています。

 ネコのような鳴き声は、ホシガラスの幼鳥の鳴き声に似ています。カケスの姿を確認しているのでカケスで間違いありませんが、雰囲気の似た声です。鳴き声からだけですが、カラス属よりカケス属とホシガラス属のほうが近いのかもしれません。
 日光にはカケスが多く録音もあるのですが、うかつにも幼鳥の鳴き声は録音していませんでした。
 ところで、野鳥録音をし始めて成鳥と幼鳥では鳴き声が違うことがけっこうあることに気が付きました。しかし、幼鳥の鳴き声まで図鑑に書いてあることはまずありません。市販のCDもさえずりが中心で、地鳴きはもとより幼鳥まで収録されているものは限られています。そのため、識別に困りますし、この季節の問い合わせは幼鳥が鳴き声がときおり寄せられます。
 録音仲間の努力のかいもあって、フクロウ、トラフズク、オオコノハズク、コノハズクなどのフクロウ系の幼鳥の鳴き声の多くは解明されました。同じように姿の確認のしづらいヨシ原の鳥は難題です。たとえば、ヨシゴイは3日がかりのうえTさんに助っ人をたのんで確認することができました。この他、サンカノゴイやミゾゴイ、あるいはクイナ、ヒクイナの幼鳥の声は未確認です。また、幼鳥の鳴き声も成長段階によって違ってくると思います。調べれば、けっこう奥が深い課題だと思います。
 幼鳥の鳴き声は一年を通じてみれば、わずか1、2ヶ月間だけ通用する鳴き方です。しかし、幼鳥の鳴き声が記録されるということは繁殖の確認につながるのですから、もっと注目されるべきでしょう。
 幼鳥の鳴き声が楽しめるのは、今だけです。

2020年6月 2日 (火)

六義園ー開園

 六義園は、新型コロナの蔓延のため休園していました。昨日より開園されていましたが雨。雨の上がった本日、久し振りに来園いたしました。
 開園時間は、いつもより1時間遅い10時。入るとセンター長を始め職員の方々が迎えてくれました。
 この前、来た時はまだサクラが咲き残っていた頃です。ですから、2ヶ月間のご無沙汰です。サクラから真夏の森になってしました。新緑やツツジの季節を飛び越えて、深緑の森とサツキとアジサイの季節になってしまいました。

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 久し振りに森のなかを歩くと、ヒヨドリの鳴き声がにぎやかです。エナガの幼鳥の群れがいて、上空をヒメアマツバメが飛んでいました。ツバメは、かろうじて巣材の土を採ることができる池の畔に集まっていました。
 シモツケのピンクの花ではコアオハナムグリがたかり食事中、モンシロチョウやシジミチョウが芝生の上を飛び交っています。
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 こうして、生き物たちに当たり前に会えるありがたさを身に染みて実感した2ヶ月ぶりの六義園でした。

2020年4月29日 (水)

吉祥寺で墓参り-駒込

 六義園のまわりは、ウォーキングやジョギングの人が多いので、他の散歩コースを模索中。今日は、吉祥寺に行きました。

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 吉祥寺と言えば中央線の駅名が有名ですが、本来は本郷にありました。火事で焼失し、再建されたものが駒込にあります。ちなみに、中央線には吉祥寺というお寺はないとか。
 吉祥寺には山階鳥類研究所にいた吉井さんのお墓があったはずと、探しました。しばらくうろうろして、やっと見つけることができました。

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 7年前(2013年2月 7日)の葬式のときに、奥様から「戦後間もない頃、図鑑の原稿料だかでもらった40万円で、ここ吉祥寺のお墓を買ってしまったの」という裏話を思い出しました。拙ブログで記事にしています。
   http://syrinxmm.cocolog-nifty.com/syrinx/2013/02/post-a4b1.html

2020年4月20日 (月)

鳴き声?それとも人工音?-六義園

 六義園に向けて一晩、録音しているといろいろな音が記録されています。
 自動車のブレーキらしい音から不明ながらいかにも人工音と思われる音、生き物の鳴き声のような音もあります。
 そのなかで、3回も録音された人工とも自然ともわからない不明な音をアップします。
 TASCAM DR-05で録音、不明な音の音域のボリュームをアップ、1,400Hz以下のノイズの軽減、ノイズリダクションをかけています。

 音自体は、かなり遠くで鳴っています。長い音の下に短い音が重なっているところがあって、短い音はトラツグミの鳴き声にように聞こえます。また、トラツグミのさえずりと異なるのは、倍音が豊かなことです。澄んだ音に聞こえるトラツグミのさえずりは、倍音がない代表例です。
  声紋で表示すると下掲のようです。

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 音声、声紋とも30秒程度に短縮していますが、実際は2分間ほどあって間が開いています。
 また、この音が記録された日時は下記です。
 4月15日午前2時10分頃
 4月16日午前3時40分頃
 4月19日午前1時30分頃
  一晩に1回だけで、いずれも深夜で人の活動がもっとも少ない時刻です。また、3回とも同じ音量ではなく、音の発生する場所は変化していると思います。
 一晩に1回、時刻は午前1時~4時の間、場所は毎回違うということになります。いかにも生き物由来な感じがしますが、鳥ではまったく思い当たりません。
 長時間録音が簡単にできるようになると、こうした謎の音がどんどん増えてきます。

2020年4月13日 (月)

鳥たちは自分たちの声をどう聞いているか-クイズ

 本日は、引きこもるのには良い天気でした。
 ということで、今までやりたかったことをやってみました。
 物理学的には、時間は変わりません。しかし、生物学的にはゾウとネズミが感じる時間が違うように変化していると思います。ですから、人と鳥では時間の感じ方が違うと思います。複雑で早口に聞こえるさえずりも鳥同士は、もっとゆっくりと聞いて個体識別をしていたり、さえずりの複雑さをより感じているのではないかと思っています。
 ゆっくりとした時間で聞くためには、録音した音源の再生速度を変えれば良いだけです。昔ならば、テープの回転数を変えればできたのですが、デジタル時代は逆にこれが難しいのです。ということで、Audition CCをいろいろ操作していたら、[編集]→ [別のサンプル数で認識]のメニューで、96kHz/24bitで録音した音源を48kHzに変換すると時間を倍にすることが簡単にできることがわかりました。
 できるかぎりクリアな音源を選び、この操作をしてmp3に変換してアップします。
 たとえば、ウグイスはこのように聞こえます。

 「ホケキョ」のところが、「ホ、ケ、キ、ヨ」の抑揚がよりはっきりわかると思います。谷渡りも、微妙に音が変わっていくこともよりわかりやすく聞こえます。鳥たちが、かならず半分の速度で聞いているとは限りませんが、イメージはつかめると思います。
 では、ここからクイズです。
  第一問

 第二問

 第三問

 第四問

 解答は、コメント欄をご覧ください。

2020年3月 8日 (日)

昔あったことー野犬の群れ

 昔あったバードウォッチング中の危険なことに、野犬との遭遇がありました。
 ネガのスキャン作業で、出てきた小櫃川河口で遭遇した野犬です。1973年とメモには、あります。
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 こちらは、造成中の葛西臨海公園での野犬です。現在の西なぎさに渡る橋の付近ではないかと思います。1973年5月3日となっています。

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 蒲谷鶴彦さんは「高尾山に行ったときに30匹くらいの野犬がゾロゾロ出てきて、あのときは本当に怖かった」と『放送レポート』(1992・7/8月号)のインタビューで語っています。1960年代のことではないかと思います。
 写真にはありませんが、私も現在の谷津干潟自然観察センターのあたりの埋め立て地で、20匹くらいの野犬に囲まれてことがあります。1970年代です。もちろんセンターはまだなく、一面の砂漠のような造成地が広がっていました。その砂の飛散防止のために高さ1.5mくらいのネットが護岸に沿って張られていました。そのネットを張るための杭に登って、犬たちがいなくなるのをひたすら待ったことがあります。
 バードウォッチングをはじめたばかりの1960年代頃は、板橋区付近の荒川河川敷がホームグラウンドでしたから野犬の群れとはよく会いました。だいたい早めに見つけて、野犬のコースを読んで回避していました。しかし、谷津干潟のときはシギチドリの数を数えるのに夢中になっていて、野犬の群れの接近に気が付きませんでした。
 なんだかあたりの気配が騒がしいと思ってプロミナーから目をはずすと、すぐそばに大きなイヌがいてびっくり。私は、イヌの群れの中にいましました。刺激しないようにそっと近くの杭に登ったと記憶しています。あとは、三脚にマーキングするなよなと願ったものです。
 昔のフィルムのスキャンは、作業をしながらいろいろ思いだし効率が悪いです。しかし、ぼけ防止には良いかもしれません。
 

2020年3月 7日 (土)

初めての鳥の写真-野田の鷺山

   滅多に使いませんが、今まで使っていたニコンのフィルムスキャナー(Coolscan IV)が、Window10ではドライバーがなく、動かないことがわかりました。Window7時代でもすでにドライバーがなくて、手書きのバッチを当てて稼働させていましたので、今回は諦めました。かわりに、EPSONのフラットスキャナー(GT-F740)を購入しました。新コロナウィルスのハイリスク者としては、人混みに出るのも憚れますので、家でスキャン作業です。
 ということで、自分で撮影したいちばん古いネガからスキャンです。
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 1960年代、埼玉県浦和にあった野田の鷺山です。高校生だったと思います。
 初めての撮影と同時に、はじめての探鳥会の参加です。初参加の探鳥会で勝手もわからず、”山”というので軽登山靴のようなものを履いていった記憶があります。かなりあとで知ったのですが、農家の方は防風林を山と呼びます。「裏山」というから、てっきり山があるのかと思ったら防風林でした。ただ、田中徳太郎さんの写真集『白サギ』(1961・東京中日新聞)を見ており、鷺山の状況は予習済みでした。
 上から見下ろすようなアングルの写真が撮れたのは、やぐらが建てられていたからです。 
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 当時、誰かが田中徳太郎さんが建てたと言っていました。
 ところで、この写真に写っている人物は学生帽をかぶっているのに、当時としては長いレンズで写真を撮っています。私の写真は、父のカメラです。ネットで検索するとマミヤ35オートメトラですので、標準レンズで撮っていました。もちろん一眼レフではありません。この方は、今では老練なバードウォッチャーになっていることと思います。

2019年11月 7日 (木)

秋山章男先生・訃報

 先月の台風のさいに一宮川の名前が出てくるたびに川の畔に住む「秋山先生、どうしたかなあ。これを機会に久し振りに連絡を取ろうかなあ」と思っていたところ昨夜、ご令嬢の加奈子さんより先生がお亡くなりになったとMessengerでご連絡をいただきました。
 「10月17日に、父が闘病の末、舌癌で永眠しました。葬儀は家族葬で執り行いました。」とのことです。享年83才。まずは、ご冥福をお祈りいたします。
 私の人生に影響を与えた恩師が3人いるのですが、そのうちの1人が秋山章男先生です。真面目に勉強して偉くなろうと思っていた20才台の私に「好きなことをやって人生を楽しむほうが良いよ」という教えは、私の人生をかえたと思います。この人生訓は、70才近い今も実践しております。
  東邦大学在学中の教師だったのですが、どちらかというと卒業してからの方がおつきあいが濃厚でした。私が日本鳥類保護連盟の職員の時、環境庁(当時)から干潟の調査の委託を受け、全国30ヶ所ほど調査したでしょうか。北は北海道から南は宮崎県まで、当時は互い若かったので平気で旅をしました。私の役目は、とにかく晩酌のキリンビールの大瓶1本が宿にあることを確認することと、タバコのショートホープを切らさないように気を付けることで、あまり調査で苦労した思い出はありません。
 当時は、干潟を研究している人がいませんでした。そのなかで調査方法を確立させ、干潟の重要性を科学的に説明できるデータを発信してくれた功績は大きいと思います。たとえば、アサリ1匹が1日に海水を濾過する量から干潟全体の浄化能力を算出するというような手法とデータです。干潟が大切だ、重要だと言っても、当時はそんな基礎的なデータもなかったです。いわば、秋山先生の先駆的な調査と研究によって、干潟の科学的な価値を証明することができたのだと思っています。
 その後、好きなことをするのコンセプトどおり、一宮川のほとりに移り住み、ボートと釣り三昧、そして生き物に接する生活をされていました。夏休みに先生のところに行くのが年中行事であったこともあります。
 先生とは、共通の趣味はモデルガンで、家に行くと枕の下はもちろんソファの下にハンドガンが隠してあったりしていました。2人で御徒町のモデルガン屋巡りをしたこともあります。たのまれて運び屋をやったりもしました。まあ、思い出はつきません。
 写真は、1973年9月15日の千葉県幕張の自然観察会で説明する若かりし頃の先生です。当時の花見川の河口付近、現在の磯部新田公園あたりではないかと思います。
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 ご葬儀はすでに行ったとのことですので今夜は、先生の好きだったキリンビールを献杯してご冥福を祈りたいと思います。

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